短篇

□朱に染まる。
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「晴明様、晴明様。」
蜜虫に揺り動かされ、晴明は顔を上げた。
いつのまにやら眠ってしまったようで、辺りはもう夕焼けで赤く染まりだしていた。
「博雅様がいらっしゃるようですが。」
「…え?」
「只今、一条戻り橋の辺りをお通りになりました。」
どう致しましょう。
そう言う蜜虫の声は、何となく楽しそうである。
それに少し溜め息を吐きながら、晴明は出迎えろ、と命じた。
軽やかに去っていく蜜虫を見送って、晴明はもう一度溜め息を吐く。
机で寝てしまった所為か、狩衣にも皺が付いてしまっていた。
「駄目だな…」
つい口をついて出た呟きは、皺のついてしまった狩衣に対するものなのか、それともくだらないことに取り乱してしまった自分に対するものなのか。
それは晴明にもわからなかった。
けれども、博雅を困らせてしまったことが『駄目』なのはあまりに明らかだ。
認めたくはないが、これは嫉妬である。
しかもかなり質の悪い。
「謝ら、ないと…」
ちょうど晴明がそう心に決めたとき。
「晴明!」
耳慣れた愛おしい声が邸内に響き渡る。
間が良すぎる、と晴明は小さく苦笑した。
「博雅。」
名を呼びながら廊下へ出ると、満面の笑みの博雅がぱたぱたと走り寄ってくる。
手にはいっぱいの紅葉や銀杏の葉。
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