短篇

□朱に染まる。
2ページ/9ページ

「すまん、晴明!」
久しぶりに来たと思ったら、すぐさま頭を下げる博雅に晴明はきょとんとした。
「どうした?」
「明後日のお前との約束、駄目になってしまった…」
「はぁ?」
晴明はまた不思議そうに首を傾げた。
明後日は満月である。
一度、満月の時に酒を飲みたいな、と提案したのは博雅で、その日取りを決めたのも博雅なのだ。
なのに、駄目になったとは一体どういうことか。
「いや、何故だか知らんが、最近宴に呼ばれることが多くて…俺の友の誘いだったら断れるんだが、明後日は何しろ主上の勅なのだよ、晴明。だから、申し訳ないが…」
「そうか、ならば…」
この時点で、晴明はまだ、博雅に怒る気もなければ周りに嫉妬を妬く気も全く無く、仕方がないことだからと許すつもりだった。
しかし。
「博雅様、何をなさっているのですか。」
「早く、早く。」
外から聞こえる声に、晴明はぴしっ、と固まった。
男の声も、女の声もする。
それらの声に博雅はもう少し待ってくれるよう言うと、困ったように苦笑いをしていた。
「すまんなぁ、晴明。実は今から山へ紅葉狩りに行く途中だったのだ。おぉ、そうだ!お前も来てはどうだ?皆、お前の話を聞きたがって…」
「行かぬ。」
にこにこしながら誘ってくる博雅を、晴明はぴしゃりとはねのけた。
「高貴な方々がお忍びでお遊びになるのだろう。俺みたいな不作法者が行っては迷惑だ。」
「またお前はそうやって自分を卑下して…」
「行きたくないから言っているんだ、阿呆!!」
晴明が怒鳴り付けると、辺りがしん、と静かになる。
「――そう、か。」
しばらくして博雅が淋しそうに笑った。
「行きたくないのなら、しようがないよな。悪かったな、無理を言って…」
博雅はそう言って晴明の頬を軽く撫でると、門の外へと出ていってしまったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ