短篇

□凛と鳴る。
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「実は昨日、たまたま博雅様にお会いしてなぁ。」
「はぁ?」
何かと思えば、と晴明は深く溜め息を吐いた。
「結局余計なことを言いに来ただけではないですか。」
「余計なことでもお前は言わねばわからんだろうが!まったく…博雅様が悩まれるのも無理はないな。」
「え?」
博雅が悩んでいる、と聞いて、晴明は目を丸くした。
保憲は性格に意地悪いところがあるけれども、滅多に嘘はつかない人である。
寧ろ、その事実をもとにしてからかって楽しむ人だ。
ましてや博雅のこととなれば本当なのだろう。
とはいえ、博雅はそういう素振りを晴明に全く見せていなかったのだから、これは驚かずにはいられない。
「どういうことですか。」
「どうもこうもあるか。お前、自分の胸に手を当てて考えてみろ。」
「私のせいだとおっしゃるのですね。」
「当たり前だ、馬鹿。」
保憲はふん、と鼻で笑って晴明に言った。
「どこで会ったと思う?夜道に一人で歩いておったのだぞ。何やら悩んでいらっしゃるようだったし、殿上人の一人歩きは危険だからな、声をかけたのさ。そうしたらな、すぐさまお前のことを訊ねられた。」
「私のこと?」
「そうだ、しかも会ってすぐだぞ?何と訊ねられたと思う?」
正直な話、そんなことは解りかねる。
身に覚えもないというのに、そこまで考え付くことが出来たなら胸を張って自分は神だとでも言えそうだ。
しかし残念ながら自分は神には程遠く、またそういう色事にも慣れていないことも晴明はよくわかっていたので、保憲の問いに静かに首を横に振ったのだった。
それを見て保憲は、自分が無茶を言ったのにも関わらず、わからぬのか、と溜め息を吐く。
「不憫であったぞ、あれは。俺を見るなり、『保憲様は晴明とどのような仲なのですか』と懸命に訊ねてこられた。」
「おっしゃる意味が解りませんが。」
「まぁ聞け。いきなりだったから俺も困ったが、ただの兄弟弟子で、仕事上今も交流があるだけですと申し上げたのさ。そうしたら、ならば他に好きな御方がおるのでしょうかと…泣きそうになっておっしゃっていた。」
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