短篇

□始まり
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「先にお客様がございますが、殿は通せ、とのご用命ですので。」
舎人はそのように説明して、博雅を中へと招いた。
「客?」
「はい、安倍晴明様にございます。」
博雅が不思議そうな顔をすると、舎人はあっさりと答えた。
「安倍晴明といえば、土御門の有名な陰陽師ではないか。」
「左様でございます。」
「鬼を飼っているとか、狐の仔であるとかいう噂だが。」
「その晴明様です。」
おかしい、と博雅はますます首を捻った。
安倍晴明がどうとかいう話ではない。
不思議なのは、あの変な所で妙に肝の小さい兼家が恐い評判しかない安倍晴明を屋敷にあげていることである。
「近ごろ、殿は晴明様を大層お気に召していらっしゃるようで、よく頼みごとをなさいます。」
博雅の気持ちを察したのか、舎人が淡々と告げた。
いまいち腑に落ちない博雅ではあったが、これ以上舎人を困らせる訳にはいかないので、そうだったのか、と大きく頷く。
やがて通された部屋には、いつも通りの兼家が上座に満足そうな笑顔で座していた。
いつもと違うのは、その前に、白い狩衣の男が一人、頭を下げて座っていたことくらいである。
「博雅中将様がお見えです。」
「おぉ、よくいらっしゃいました!」
博雅が頭を下げると、兼家はそんなことを言った。
自分が呼んだくせに、と思わないでもないが、そんなことより博雅が今気になるのは、この陰陽師。
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