短篇

□落涙の美
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「は?」
まさか話を振られるとは思わず、博雅は焦った。
何故自分が晴明の悪口に加わらねばならないのか。
「あの氷のような男が泣く所を、博雅殿は御覧になったことが?」
「あ、いえ…あまり…」
「博雅殿も御覧になったことがありませぬか!」
周りが矢張りなぁ、と頷く。
真に人か、と誰かが言う。
狐の仔なのです、と誰かが笑う。
何が面白いというのだ。
晴明が勤めに行きたがらない訳も何だかわかる。
博雅は今にも殴りかかりたいのをぐっと我慢していた。
「あの、少なくではありますが一度もという訳では…」
「ほぉ!どのような時に」
「え…」
まさか自分が約束をすっぽかして泣かせたとか、思いをわかってあげられなくて泣かせたとか、そういうことを言う訳にはいかない。
しばらく博雅が思案していると、やはり無いのではないか、と誰かが言う。
「安倍晴明も、もう少し性根が曲がっておらねば、もっと可愛がってやると言うに。」
「見目だけは美しいですからねぇ。」
「良いではありませんか、化かされるよりは」
沸く、広間。
博雅も、限界であった。
「何が、美しいものでございましょうか…」
何かが音をたてて、切れた。
「人のおらぬ時に、こぞって悪口を言う者の歌も、楽も、美しい訳がありませぬ!それこそ、心無い者のすることではありませんか!私の友人の悪口を、これ以上おっしゃらないで頂きたい。」
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