短篇

□落涙の美
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夜も更け、草木も眠る頃。
楽の音もさすがに一段落しており、皆談笑に花を咲かせていた。
「やはり楽はすばらしい。」
「この空にも負けぬ美しさでございましたなぁ。」
「この世には美しいものがたくさんあるものです。」
そういうことで、話題は美しいものである。
花、女人、山、河、野。
ありがちなものは出尽くして、皆、何か他と違うことを言おうと必死だ。
そんな中、帝が言ったのは、
「人が喜んでおるのは勿論良いが、哀しんでおるのもなかなか美しい。」
涙、である。
「おぉ、なるほど。」
「確かに女が悲しみに駆られて静かに涙を流す姿は美しいですなぁ。」
「いやいや男が悔しさで泣くのも男として格好が良いものです。」
周りから続々と同意が聞こえる中、博雅はそれをつまらなそうに見つめていた。
主上が言うことだから仕方がないとは思うが、人が哀しんでいるところを美しいだなんて歪んでいる。
こっそり抜け出してしまおうか。
そんなことすら思い始めた時だ。
「博雅殿のご友人の安倍晴明など泣きそうもないですなぁ。」
突如聞こえた晴明の名に、博雅はどきりとした。
「何を言うても、涼しい顔をしていて可愛らしくない。」
「全うな人の心を持ち合わせておるかも、疑わしい。」
「博雅殿、どうなのです?実際は。」
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