短篇

□春に舞う。
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なるほど、自分の後ろに隠れているこの少女は小菊というのだと、博雅は今更ながら納得した。
確かに蜜虫の言うとおり、この娘はこの時期にしてはかなり薄着である。
「だって博雅さま。小菊はあまりお着物、好きでないのだもの。」
小菊は拗ねたように、博雅の直衣の袖を掴んで言った。
「でも着ないと、晴明さまに怒られてしまうから、私も我慢してこんなに着ているのに、まだまだたくさん用意してあるのよ!もう嫌!!」
頬を真っ赤にして怒る彼女がまだ何者なのかわからぬままであるにも関わらず、博雅は何とも元気の良い娘だなとただ漠然と思う。
しかし博雅は何にしろ活発なほうがよいと思っていた。
この小菊という娘も、無邪気で可愛らしく、とても好ましいではないか。
また、自分も昔この華やかな衣裳を疎ましく思ったことが少なからずあったなぁ、と思い返すと、益々小菊の味方をせねばと博雅は思った。
「よし、では俺が晴明に文句を言ってやろう!」
「本当?」
「勿論だ!嫌がっていることを無理にさせるなど、まったくよくないことだ!」
そう意気込んだときだった。
「ほう、では言えば良い。」
「―あ、晴明…」
晴明がいつものうっすらと笑みを浮かべて目の前に立っていた。
「あの…聞いていたのか?」
「聞いていたもなにも、あれだけでかい声を出されれば聞きたくなくとも聞こえる。」
「そ、そうだな…」
相変わらず晴明は涼しい顔をしている。
別に笑われたわけでもないのに、異様に恥ずかしくなって博雅はしゅん、と小さくなった。
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