短篇

□遠出
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翌朝、昨日の約束どおり、晴明と博雅は気持ちのままに山を登っていた。
冬の山の空気はしんしんと身に染みて冷たい。
たまに一言二言会話があるが、それ以外は黙々と狭い道を行くだけである。
博雅は相変わらず、隣を歩く晴明の真意がわからずにいた。
晴明は酒を飲みたいと言って、瓶子を一つぶら下げている。
しかし酒を飲むだけならばどこでだって出来るのだ。
わざわざでかけるほどのことではない。
一体どういうことだろうか。
博雅がそんなことを考えているうちに少し開けた場所に出て、二人はその真ん中に腰を落ち着けた。
「飲もう、博雅。」
晴明はふぅわりと笑んで、瓶子を傾ける。
「…お、おう。」
その美しさに何となく気恥ずかしくなって、博雅は目を逸らした。
そんな博雅の気持ちなど露知らず、晴明は相変わらず花の咲いたような笑顔である。
「なぁ、晴明。」
酒を注いでもらいながら、博雅は晴明に声をかけた。
昨日から不思議に思っていたことを尋ねようと思ったのだ。
「何故急に山へ行きたいなどと言いだしたのだ?本当にただ行きたくなっただけか?」
「それだけでは悪いのか。」
「いや、別に悪くはないが…出無精のお前が、内裏の中で、わざわざ虫を使うてまで俺を誘ったわけだからなぁ。」
「…考えすぎだ。」
博雅のくせに、と付け加えかけたが、晴明はすんでところで飲み込んだ。
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