短篇

□背中合わせ
1ページ/13ページ

月のあかるい夜である。
それも、ほとんどの人は眠りについているだろうと思われる真夜中だ。
そんな時刻にも関わらず、晴明は濡れ縁に独り、柱に身を預けて座っていた。
膝を立て、頬杖をつき、虚空をにらみつけている。
にらみつけたところで何か答えが見つかるはずもなく、自分にはどうしようもないという事実にますます苛立ちが募るだけであった。
「…余計なことをするからだ。」
晴明は、自分の後ろで大鼾をかいて寝ている間抜け面の男に小さく舌を打った。

女人の鬼であった。
後ろ姿はまるで邸から一歩も出ぬまま入内してしまいそうなほど高貴で美しいのだが、一度振り返れば、その気味の悪さに息を呑んでしまうような、そんな鬼である。
まず鼻と口がまるで獣のように張り出している。
犬歯は長く伸び、その尖った先が自らの下顎の肉を突き破っていた。
眼光鋭く、普通ならば白目である部分が黄色く暗やみに光り、両の手の爪は、あまりの鋭さに、当たるものすべてをいとも簡単にざくざくと切り裂いた。
そのため、着物の前はもうぼろぼろである。
しかし実際、ひっ、と期待どおりの反応をしたのは博雅だけで、一方の晴明は、ほう、と興味深げにその姿を顎に手をあて眺めていた。
「おもしろい。犬か何かだな。狗神か、それともまた別の…博雅、お前何だと思う?」
「知るか!大体、犬でなく女だろうが…!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ