長編

□もゆるつき 参
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博雅は焦燥感に襲われていた。
晴明と仲違いをするなんて、まったく初めてのことなのだ。
よく晴明が博雅をからかったり悪戯をしたりしているが、それは所詮晴明の悪ふざけと暇つぶしであって、何度となく騙されても、博雅はそれを許している。
しかし、今回は違う。
「晴明が悪いのだ…俺がおるのに、他の男と寝るなんて。」
自分に非が無かったとは言わない。
しかし、だからと言って、他の男に躰を許すなんて、あんまりではないか。
「俺は、お前しか愛しておらぬのに…お前しか抱けぬというのに…」
嫉妬に交じって、博雅は恐怖すら感じていた。
あの、美しい晴明の肢体に、惑わされぬ人間がいるだろうか。
あの、溢れんばかりの色香を、振り切れる者がいるだろうか。
「――いるわけがない…」
そんなことは、博雅が一番よく知っている。
皆が“白狐にかどわかされる”と言うのも、客観的になって見てみると仕方の無いことのような気がした。
「晴明は、何を考えておるんだろう…」
自分を愛してくれているのなら嫌われたくないだろうに、あんなことをわざわざ言う。
もしかしたら、自分は――
「おーーっ!博雅殿ではありませぬか!」
「……へ?」
通りの向こうで、黒い虎に乗り、手を振る男。
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