短篇

□時重ね
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「また春が来るなぁ。」
いつもの晴明の邸の濡れ縁で、酒の入った杯を片手に博雅はそんなことを漏らした。
目の前に広がる晴明の庭では、また新しい命が芽吹き始めていて、桜は今にも咲きそうなほど蕾を膨らまし、つくしがしっとりと濡れる土の間から小さな頭を出そうとしているところだった。
何よりも、暖かな風のなかに感じる新緑の薫り。
その若々しさに、何だかこちらまで元気になるようだ。
「お前は毎年俺の家で春を感じていくのだな。」
大きく伸びをしている博雅を見て、晴明はくす、と静かに笑った。
「去年も同じようなことを言っていたぞ。」
「俺が気持ち良く話しているときに、お前は決まって邪魔をしてくるな。」
博雅はむっとして晴明を睨む。
博雅がどんなに感動を伝えても、晴明はじっと博雅を見つめて笑っていた。
蓬が生えていようが、うぐいすが鳴いていようが、決してそちらを見ることはない。
そうだな、と頷くだけで、その綺麗な目はただただ博雅に向くばかりである。
それは馬鹿にされているようで腹立たしいし、それ以上にとても気恥ずかしいのだった。
「お前は聞き下手だ。」
「ほぅ、それは悪かったな。」
博雅は顔を真っ赤にして文句を言ったが、晴明は柳のように軽く受け流す。
「せめて俺をじっと見ているのをやめてくれ。」
「生憎、庭を見るよりお前を見ていたほうが面白いものだからな。」
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