短篇

□朱に染まる。
1ページ/9ページ

源博雅という男は、お人好しを絵に描いたような人間である。
困っている人を見ればどうしたのですかと声をかけ、頼まれ事をすれば何とかしてやりたいと思う。
真面目で素直で、騙されやすい。
しかし、この明らかに損な性分が功を奏したのだろうか、いつだって博雅の周りにはたくさんの人が集まった。
それは悪友であったり、博雅よりも位が上の貴族であったり、美しい姫であったり。
老若男女とにかくどんな人でも博雅を好きになる。
それはとても良いことで、晴明もある意味安心していた。
しかし、わかっていても腹の立つことはあるもので、この日ばかりはその長所も、晴明の怒りを買う結果となってしまった。
葉が朱く色付きだす、秋の日である。


何が良くて、何が悪いということでもなかった。
ただ、たまたま今日は、全てが鼻に付いて、博雅に近づく奴全員が気に入らなかっただけ。
すっかり不貞腐れてしまっている晴明に、どうなさったのですか、と秋の風が優しく尋ねる。
「別に。」
何でもないのだと、晴明は彼にしか聞こえぬ声に向かって答えた。
普通の人から見たら、自分はきっと気違いに見えるのだろうな、と微笑しながら。
「何でもなかったのに。」
わかっておりますわ。
風は慰めるように晴明の頬を撫でる。

晴明様には、あの方がいらっしゃらないと駄目なのですもの。
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ