短篇

□凛と鳴る。
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梅雨には珍しいよく晴れた日である。
こんなにも気持ちの良い日だというのに、眉間に皺を寄せ、額に手を当てて、安倍晴明は一人考えていた。
見る者が見れば、それはとても美しい光景かもしれない。
誰よりも才があり誰よりも美麗な陰陽師が悩ましげに溜め息を吐く姿は、確かに魅力的である。
しかし晴明が悩んでいる訳は、周りが思うほど深刻な話ではない。
「そもそも保憲様が変な事を言うから…」
いつも晴明のことを引っ掻き回すのは保憲であり、それらは大抵博雅とのことだ。
今回も勿論例には漏れない。
保憲がにやにやしながらやって来たのは、つい昨日のことだ。
博雅は宮中で管弦の御遊びのために晴明のところには来れず、仕方ないので晴明は少し溜まってしまった仕事を片付けていた。
どうせくだらない用なんだろうとは思ったが、さすがに兄弟子を無下にして自分の仕事をするわけにもいかず、うんざりしながらも保憲を迎え入れたのだった。
「ほぅ、お前も真面目に仕事をする日があるのか。」
床に積まれた書物の山や放り出された式盤を見て、保憲は嫌味っぽく言った。
「恋人がいなくて暇だから仕事をする陰陽師など、忠行が聞いたら泣くだろうな。」
「弟弟子に嫌味を言いにわざわざやってくる陰陽師もどうかと思いますが。」
晴明は淡々と酒の準備をしている。
式を使わないのに特に意味はないが、強いて言うなら保憲と二人きりになるのを出来るだけ避けるためだ。
「今日は嫌味を言いにきたのではない。大事な用だぞ。」
酒はいいから座れ、と保憲に言われてしまって、晴明は渋々保憲の前に腰を下ろした。
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