短篇

□恋す影
1ページ/12ページ

水無月である。
梅雨も明け、頃はすっかり夏となり、強い日差しが容赦なく降り注いでいた。
都の夏は随分と暑い。
しかも今年はまた一段とひどいようだ。
人も動物もこの暑さにやられてだらけてしまって、元気なのは草木の葉くらいであろう。
「晴明!!」
いや、訂正する。
元気なのは、草木と“この男”くらいだ。
「どうしたのだ、博雅。今日も相変わらず無駄に威勢が良いな。」
どたばたと殿上人とは思えぬような足音を立て、博雅が晴明の邸へ駆け込んできた。
この暑いのに、と少し頭にきていた晴明は、博雅をわかりやすい嫌味で出迎える。
しかし今日の博雅は妙に焦っていた。
「嫌味を言っている場合ではない!大変なのだ、晴明!」
「ほぅ?」
いつもとは違う雰囲気を感じて、晴明は少し傾きかけていた機嫌をすぐ元に戻した。
暑いうえに、近ごろはそこそこ平和で暇だったので、退屈しのぎを見つけて嬉しいらしい。
濡れ縁の柱にもたれながら、ほんの少しだけ笑みを零す。
「まぁ、ゆっくり話せ、博雅。」
「あ、あぁ…」
晴明の顔を見て、博雅も大分落ち着いたらしい。
ふぅ、とため息のような息を吐き、その場に腰を下ろす。
そして神妙な面持ちでこう告げた。
「俺は、何かに憑かれていないか?」
「―――は?」
いきなり家に駆け込んできたと思えば、発した言葉がこれでは、さすがの晴明も絶句してしまう。
しかも相手は物凄く真剣なのだ。
それはもう呆れるほどに。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ