短篇

□始まり
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何事にも、始まりというものはあるものである。
人の生涯にも、虫の一生にも、月にも陽にもこの世にも。
必ず終わりがあるなどと不粋なことを言うつもりはないが、生きているもの、この世にあるもの、はたまたこの世にあってはならぬものまで、始まりというものを有して此処に在る。
勿論、晴明と博雅の二人にも始まりというのがあった。
しかしそれは今の二人のように呆れるほど甘いものではない。
この季節になると、博雅はそれを思い出して、何だか苦笑してしまうのである。
「懐かしいな。」
「何がだ。」
「この風の匂いがさ。」
晴明邸の濡れ縁で二人が酒を飲むようになって大分経つ。
訳のわからないことを言われてむつけている晴明を見ながら、博雅は晴明は変わったな、と顔を綻ばせた。
あれは若葉の匂いが強く薫る、春の頃である。



博雅は二条の辺りを歩いていた。
牛車を使わないのは、一応お忍びであるからだ。
しかし別に女のもとへ通うわけでも何でもない。
ただ単に、頼み事があると言われて知り合いの元へ向かうだけなのだった。
春の風が暖かい。
そんなことを思いながら、博雅は大路を歩いていった。
「お待ちしておりました。」
到着したのは藤原兼家邸。
最近よく内裏で会うようになって、妙な頼み事を頻繁にされるようになった。
正直自分ですれば良いのに、という内容なのだが、頼まれると断れないのが博雅であり、余計に頼み事を増やす原因であった。
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