短篇

□落涙の美
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冬の空は美しいと言う。
勿論春も夏も秋も皆空は美しいけれども、冬はまたそれが格別に澄んでいると言うのである。
そして、夜の空というものもまた格別。
輝く月も、満天の星も、趣が無いとは口が裂けても言えないであろう。
そんな美しい夜であると言うのに、源博雅は深く溜め息を吐いていた。
あれだけ美しいものに敏感な博雅が何故、と思うかもしれないが、それも今日は仕方が無い。
何しろ、博雅が今いるのは晴明の邸ではなく内裏なのだ。
「何故今日に限って…」
こんな夜には晴明と酒でも飲んでいるのが常である。
しかし、考えることは皆同じなのだろうか、美しい夜に美しい音を、と帝が漏らしたことにより、お偉い方々は慌てて雅楽家を呼び付けた。
博雅にも白羽の矢がたったのは、言うまでも無い。
楽狂いの博雅ではあるが、晴明との逢瀬と笛とどちらが良いかと聞かれたら、勿論晴明のほうが良いに決まっている。
笛を吹いて帝に誉められるより、嫌味混じりにも晴明に誉められたほうが嬉しいなどと、不謹慎なことを思っていた。
「む、いかんいかん!これから主上にお会いするというのに!」
しかし真面目な博雅はやはりそこで思い止まり、清涼殿へと急ぐのであった。
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