短篇

□ひとのよばふは。
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「すまぬが、お前に来てほしいのだが。」
季節の移ろいとはまさに今であろうと言う頃。
この何とも言えぬ哀愁にひとつ笛でも吹かねばと、博雅は自宅の縁で美しい音を奏でていた。
その時である。
冷たい秋風に乗って、大きな鷺が博雅の邸の庭に降り立ったと思ったら、晴明の声で雅びの欠片もない、いたって事務的な伝言を高らかに伝えていた。
今までの気持ちも冷めるというものである。
「晴明…頼むからその鷺やら何やらに伝言を頼むのを止めてくれ…」
「急ぎの用なのだ。文では間に合わぬ。美しい女が来たのでは、後々都合が悪かろう?」
美しい鷺だと言うのに、晴明の声だというだけで嫌味っぽく見えてしまうのが何とも不思議である。
「とにかく来い。お前の力が必要なのだ。」
どうせ笛を吹いていただけなのだろうと意地悪く言い残し、晴明の声をした鷺はまた大空へと舞っていった。
しかも当たっているから余計に厭だ。
「晴明の頼みごとは相変わらず帝の勅のようだな…」
有無を言わさぬ辺り、と博雅は小さく溢しながらも、土御門の晴明邸へ行くべく、着物を整えるのだった。


「おぅ、博雅。早かったな。」
「……おい。」
全くの予想外だ。
急ぎの用だというから博雅も出来るかぎり奔らせてきたと言うのに、これは何だ。
「急ぎだと聞いたのだが。」
目の前で、意味なく優雅に横になっているこの男は。
 
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