短篇

□麗しき。
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『晴明様は今、出掛けていらっしゃいます。』
博雅がいつものごとく、晴明の屋敷を訪れたところ、蜜虫がにっこりと笑んでそう言っていた。
しかしすぐ戻るというので、待たせてもらうことになり、博雅はいつもの濡れ縁で、一人ぼーっとしながら、自然に思いを馳せていた。
とはいえ、考えていたことなど大したことではなく、『今日の夕焼けはいつもより赤いなァ』とか『晴明の庭は野の匂いがして落ち着くなァ』とか、その程度のことであった。
しかし、そうやっているうちについつい眠くなってきてしまった。
うつらうつらと博雅が微睡んでいた時である。
「博雅、すまぬ。待たせてしまって。」
「晴明!」
聞き慣れた声がして、博雅は一気に覚醒した。
が。
「…ん?」
まだ夢を見ているのかもしれないと首を捻った。
何故なら。
「貴方様はどちらの姫君でいらっしゃいますか?」
茂えるような若草色の表着に、この夕焼けのように紅い唐衣を纏った、十二単の美しい女性が立っていたからである。
「何を言っている。」
「は?」
「俺だ、博雅。」
その姫君は、着物を気にもせず豪快にしゃがみ、博雅に顔を近付ける。
「忘れたか、恋人の顔を。」
「……え?」
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