短篇

□春に舞う。
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ある春の日である。
暖かな日差しのなか、源博雅は、時折聞こえる鶯の鳴き声に顔をほころばせながらも、着々と晴明の住む土御門の方へ歩みを進めていた。
晴明の邸は、相変わらず、これで良いのかと思うほどの静けさであった。
いつもこうだ。
外観だってあまり手入れをしているようには見えないというのに、そのうえ、人の声も聞こえなければ、人の出入りも少ない。
挙げ句、足音すらもほとんどしないという有様である。
実際、晴明しか『人』はいないわけだが、これではまるで人など住んでいないようだな、と博雅がぼやきかけた、その時だった。
どたどたどたどたっ、と床のうえを駆け回るような、ここにはまったく似付かわしくない音が確かに辺りに響いて、博雅は目を丸くした。
何かあったのだろうか、と慌てて中へ入る。
すると。
「小菊様!お待ちください!!」
「いけません、小菊様!!」
蜜虫と蜜夜が、必死で誰かを捕まえようとしていた。
「み、蜜虫。これは一体どう…」
「博雅さま!!小菊を助けてください!」
「はぁ!?」
とにかく状況を把握せねばと、蜜虫に事の有様を尋ねようとした博雅であったが、それより先に、この騒ぎの元凶がさっと博雅の後ろに回り込み、しっかりと盾にしてしまっていた。
目の前では、蜜虫と蜜夜が困り果てたように口元に手をあて、ただおろおろとしている。
「―何事かさっぱりわからん…」
「博雅様、お騒がせいたしまして…」
「別にかまわんが…それよりどうしたのだ。」
「小菊様が、お着替えの途中にお逃げになってしまったので…」
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