短編

□バレンタインマジック
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今日は言わずもがな、バレンタインデー。
深山木家のキッチンは悲惨だった。


「よし、できた」


散らかされた器材に飛び散ったチョコ。
恐らくトッピングに使ったのであろう粉砂糖は宙を舞っている。
その中心で満足感に浸っているのは秋。


「我ながら上手いな」


秋の上手いがどのレベルなのかはわからないが稀に見ないできらしい。


「片付けも上手にやってくださいね」


チョコを作り終えて満足している秋に座木はしっかり伝えた。
自分の回りを見回した秋は惨状に目を細める。ため息をつき流しに手を出した。






秋が零一のアパートを訪ねたのは夜だった。チョコ作りの片付けにやけに時間がかかったのもあるが零一はバレンタインらしいバイトをしていて昼間は家にいないだろうという予測。
秋のその予測は当たっており、それは今回だけではなく外したことがない。
だから予測というより確信に近い。


「ゼロイチ様〜お届けもので〜す」
「……秋」


一度目のチャイムでは出てくれず何度か押したのち、宅配便でも届けに来たのかというのりで呼びかけると零一はドアを開けた。
その顔には明らかに拒否の色が浮かんでいたがそんなことを気にする秋ではない。


「何しにきやがった」
「何ってそんなの決まってるじゃん」


無言でドアを閉めようとした零一だが秋に敵うわけもなく今日もいつも通り侵入されてしまった。
部屋の中の数少ない家具の中の一つ、こたつの上にはたくさんのリボン。


「これ何のリボン?」
「ホワイトデー用のリボンだ。まだバレンタインも終わってねぇっつーのに」


この国の事情はわからないがもう少しゆっくりしてもいいんじゃないかと心配になっていまうのだ。


「気が早いのか用意がいいのか。ま、関係ないけど」


そう言うと秋は零一にチョコを差し出した。


「はい、ゼロイチ」
「あぁサンキューってお前が作ったのかよ
「そうだよ。お菓子業界の陰謀には踊らされないからね」


零一はチョコを受け取ると綺麗に施されていたラッピングを丁寧に剥がす。
中身を見ると普通だ。


「食えんのか、これ」
「しっつれいだねゼロイチは。食べれるさそりゃ」


いつも秋のただならぬ料理のセンスに泣かされてきた零一だ。
秋の食べられる、が当てにならないことは学習済みだ。
だが今日はいつにも増して自信満々だ。
期待している秋の表情に負け、一口くらいなら、とチョコに手をのばす。


「……美味い」
「ふふふ、だから言ったでしょ」


何が起きたのか零一には判断ができなかった。いつものように強烈な味に味覚を刺激されるとばかり思っていた。


「何入れたんだ?」


食べたチョコが予想外においしく味覚操作剤のようなものを入れたのではないかと疑ってしまう。
その疑いを口に出したのだが秋からそうではないと言われた。


「強いて言うなら愛かな」
「真面目に答えろよ」
「や、ホントに何も入れてないよ、そのチョコには」


その言葉に違和感を感じた零一。

何も入れてない。


「……いつもは何を入れてるんだ?」


無駄だと思いながらも期待して聞く。
が、やっぱり期待は期待で終わる。


「聞きたい?」
「やっぱりいい…」


脱力してもう一つチョコを口に運ぶ。
すると。


「ッゴホ」
「ゼロイチ?」
「なん、だよこれっ!」


零一が食べたのは先程のチョコとは180°違うチョコ。
もちろん悪い方向に180°違う。ようするにまずい。


「秋、てめぇ、何も入れてないんじゃなかったのかよ!」
「僕言ったよね。そのチョコには、って」


そういえば言われたような気がしたが零一は期待していた分のショックが大きい。


「ゼロイチ、全部食べてね☆」
「……何でこうなるんだ」


自分の学習能力を恨むしかない。毎年繰り返されているような気がする会話に零一はため息をついた。

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