少年部屋

□ゴシール(歪み)
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赤柳気まぐ連載『ゴシール(gauchir)』(歪(ひず)み)




〜プロローグ〜


…あの人が。




俺を見てくれるには




どうしたらイイですか?


と、いつも問う。




「…なら楽なのに」


他の誰かを見ているのならばまだ諦め…ないけど。
『あの人より俺の事を。目が追い掛けて仕方がないんだ、って言わせてみせますっ!』だとか粋がれるのに。


「だってさ…」


あの人は誰の事も見てないんだもん。


『よく見ている』様に見えるのは性質上。『性格上』ではないんだよ、アレは。
よく見たがり、だから。
見ている様に見えるだけで関心を示して。無目的で無条件で…焦がれて見つめる、っていった特別対象はナイ、の。だ〜れのコトも見てないんだもの。




「どうしたら…」と。


日中は机に肘をついて。
朝と放課後は走ってラケットを握って。
夜は浴槽内で、ベッドに深く沈み目を閉じながら考えているんだ。




テニス以外、なんかに興味あんのかな?


食に対してもいい加減、っていうと語弊があるけど。

洋服も…なんかホントどーでもいい感じ。恥ずかしくない程度ならなんだっていいだろう、とか。閉ざされ続けてる瞼の下の目が言っている気がする。










俺の事は…ちゃんと『一人のプレイヤー』としては。あの人の目に入れてるのかな?



「先輩、俺の事どう思う?」

「…血の気が多い」



とか。ペロっと、するりと放つ。

「…えー、そんだけ?」って言うと。


「そうだよ」って


言わない口が代わりにフフっと優しく笑うんだ。




…その度に胸が切なくなる俺を、どう思う?









「…赤也は?」




と、


「…赤也は俺の事をどう思う?」


…と。






どうか聞いてはくれまいか。




そうしたならば高揚する気を必死に抑えて、でも冷静じゃない心と目で言えるのに。



拒絶されるとしても。そうしたら俺の事を、何かしら考えを持って見てくれるかも知んない…とか考える時点でもう末期。









大好きなあの人の目は。



いつもどこを見ているのだろう…。






その瞼の裏で、静かな澄んだ目は何を





…描いてるんだろう。















―『その』入り口はどこにあったのだろうか。




『ゴシール』01






「………」


夕暮れの迫る帰り道に。


今日も疲れたなぁ、なんて考えながら歩いていた陸橋の先で。


すらっとしててスッとした、小さい頭が、揺れない様な綺麗な歩き方をしてる。先程、先に部室を出て行ったハズの後ろ姿を見つけた。


俺は、特に意識したワケじゃないんだけど。肩に掛けていたテニスバッグの持ち手の部分を、なんでだかギュっと一つ強く握った後にその小さくなっていきそうな対象に駆け寄っていった。






「センパイっ!」


あと2、3大きく踏み込んで駆けたら十分足りるくらいの距離間のところで大きく声を掛けると。前を真っ直ぐ見ていたであろう小さな頭が、何でもない様な静かな動きでこちらを振り返った。そうして、そのまま俺が息を…心を弾ませ気味で隣へと並ぶのを。ただ見届けるように見つめて。それから「…元気が有り余っているな」…なんて口元を軽く緩めた。



「途中まで一緒してイイっすか?」見上げる俺に。


「…もう隣に並んでいるくせに今更か?」

嫌だ、と言ったらどうする?と。少しイジワルく笑った後に「…歩幅を、合わせようか?」…だなんて。ちょっとゆっくり歩いてみせて。

「…ちょっとぉ!!」

またイジワルをしたりして笑ったりするんだ。








入部して間もなくに。殴りこみの様に挑んだ『バケモノ』の内の一人だった。あの時はとっつきにくそうで冷たい感じがして。なんだか何でも見据えてる様な顔が癪に障って。何が何でもぶっ潰してやるんだ!って。すんごい躍起になっていたのだけれども。勿論今現在だってその思いは変わってないけど。






…こんなに。


こんな風に。下らない様なコトを言ったりしたりして。あの涼しさしか宿していない風な顔をやわらかくして笑う、だなんて思ったりしなかったんだ。









「俺、普段とかすんげぇ歩くの速いんスからね!!」


…なんて。

早々に、この時間を止めたくないのに。意地になってスタスタと歩いて見せる。横で、少し俺の後ろでセンパイの笑ってる空気が伝わってくる。


「なんだ、置いていくつもりか?」って。それは残念だ、って。そう言ってる顔がやわらか過ぎて…。
早く俺の居る所までセンパイも来てくれたらいいのに…とか考えて。なんてバカな考えと期待を込めてんだ…俺。アホか、なんて考えながらも。




束の間の時を惜しみながらも楽しんでいた。








「あっ!センパイ」

夕日がキレイ、と。今歩いている陸橋の奥に少し揺れて見えてるソレを指して笑う。
たまに、ホントに。心から感動できる夕焼けに会う。一瞬の、純心を思い出させて戻してくれる様な。



「…そうだな」

センパイが、その小さめの頭の後ろ側を見せて。俺の指し示した方を見てくれて。そんで…


「ねっ♪」

問いかける俺に。振り返って穏やかに返してくれるだけで…素直に嬉しいと、思えた。










カン違いしないで?


『そう』問うのはセンパイに対しての言葉じゃないよ?














さようなら、と別れの岐路に差し掛かって。

センパイは信号を渡らず、そのスグ側の階段を下りて帰る道順。
俺は信号を渡って、それから長く続いてる坂を下っていく道…。





「さよなら」
と言う。

信号を渡る前。


「気を付けろよ?」

信号が変わって渡る時の背中に掛かる声。


「…すぐ近くなんだけど」

ふて腐れた風に、渡る途中で振り返って『フリ』を解いてガキじゃあるまいし、と笑ってみせてまた正面を向き直る。


「寄り道するなよ?」

あんまり自動車の通らない道だから。渡りきる一歩手前だったけど。細かい、笑いかける声も俺へと届いた。


「…だ〜からっ!!」

って…振り返る、先で。



「また明日」と。

小さな声と、そう動いてる口元と…眩しいのに厳しくない光で揺れてる、そんな夕日が見えた。



歩行者用の青信号が赤に変わってく。


自動車が静かに一台だけ通り過ぎたら、夕日を背負ってた長身のシルエットは。真っ黒な髪の一部が見えるだけに、階段を下って徐々に小さくなっていって。チラリとだけ、俺に振ってくれてるであろう左手の長い指先だけがコチラを見ていた。




「…あ、した。また明日っ!!」

もう…届かなくてもいいんだよ。でも届いてくれたら嬉しいのだ、という思いいっぱいで大きく言った。




















…ねぇ?勘違いをどうかしないでほしい。













特別に見てくれ、だなんて欲したりなどしてないよ?









『勘違いをするなよ?』ってのは俺自身への言葉。










『好き』、ではない『恋』でもない。





特別な感情などドコにもないんだ、って言ったらウソかもだけど。









単なるナマイキな口と態度の一年坊主で終わらせてなど堪るかっ!!と常々考えてガムシャラに『強さ』を目指してきたんだ。


とっても、すごく頑張ってきたよ…などとはまだ言わないし言う気はずっと。まだまだ高くどんどん進む気だから今後とも無いのだけれど。












二年になってから。今現段階でも一度も勝てた事など無いのだけれど。




試合を終えた後に交わす握手の力が強くもあるけれど。ほんの少し認めてもらえてきた気がする優しさが込められてもいる様に感じるんだ。日を重ねる毎に。勝手な解釈でもいいんだ。








今は…




強い、と言われてる先輩を負かしたいのだ。



それでいて…そんな強いセンパイに、憧れも軽くあるワケだ。





なんとなく…他の先輩達に構われるのも。ムカつく時もあるけど腹は立たなかったりで。



あの人は、全然優しくもなく。率先して構ってくれはしないのだけれど。





センパイの横はなんだかイイ気がしてきて。








気に入られたいんじゃなくて…なんていうか。








やっぱりほんのチョットだけ。










柳センパイと、仲良くしたい…っていうか。
















特別ヘンな想いがあるワケじゃないんだ、と。














だからどうか…














「…カン違いすんなよ?」





と。







何度も何度も。










寝る為に伏せた瞼の裏に蘇った、今日の夕日を背負ってオレンジに優しく染まっていたセンパイの笑みを思いながら。




深く落ちるまで言い聞かせたていたんだ…






ずっと。







…自分、に。








呪文のように。ずっと、ずーっと…。





続く?
 

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