脱色夢
□ほろ酔い気分に浮かされて
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「だって、湊に逢いたかったんだもん…」
「それは嬉しい弁解ですね。ですが、仕事はしてください」
「も少しだけ」
「…仕方ないですね」
微かに腕を握る両手に力が篭るのを認識するも作業する右手は止めない。
少しは周りの目を気にして欲しいところではあるが。
生憎この場に注意する人が居るはずもなく。
一角、弓親共々呆れた視線を目の前の彼女らに投げた。
主に乱菊に向けて。
それを感じ取った彼女は逆に彼らを睨みつけた。
まるで出て行けと言わんばかりに目で威嚇する。
「…んじゃ、湊俺らはそろそろ帰るぜ」
「お茶ありがとね。湯のみ、片付けておくから」
「お粗末様でした。そのままでいいですよ?後で私がやっておきますから」
「湊!やるって言ってるんだからやらせとけばいいじゃない」
「乱」
「そうだよ、湊。大丈夫。湯のみ割ったりしないから、ね?」
「そんな心配してませんよ。…それじゃすみませんが、お願いします」
「俺らに気ィなんか使うんじゃねーよ」
気を使ったのは一角と弓親であることに湊は気付かない。
二人が立ち去ってからしばしの間沈黙が部屋を支配する。
風に吹かれ葉が擦れ合う音。
どこか遠くで打ち合いをする音。
墨が書類をしっとりと濡れていく香り。
それに混じって確かに薫る湊の匂い。
乱菊にとってこの一時は堪らない程の至福だった。
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