あべみはべ

□まくら投げ
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合宿中、毎夜のイベント枕投げ。
今日は三橋君と阿部君もしっかり参加です。

開始7秒後のことでした。

「わ、ぶッ!」
「うわぁ三橋ッ!」

水谷君の投げた枕が、三橋君の顔面にクリーンヒット!
三橋君は顔を押さえつつ、しゃがみ込みます。

「ひ、い、いた…ッ」
「ご、ごめんみはッ、ぃでぇ!」
「三橋、大丈夫か?」

すぐに駆け寄ろうとした水谷君の顔を、手首だけのスナップを効かせた動きで阿部君が叩きます。
ごっ!と鈍い音がしました。

「つぅかオレも痛いよ!あべ…」

阿部君に文句を垂れる水谷君の肩をつかみ、花井君が神妙な面持ちで引き止めました。

「水谷…止めとけ。死ぬぞ?」
「!!。きゃあ!!死にたくない!!」

水谷君の悲鳴が聞こえます。
しかしそんな水谷君に目もくれず、阿部君は三橋君のそばにしゃがみ、その顔を覗き込みました。

「三橋?」

三橋君は少し呻いて言いました。

「ふい、、だ大丈夫…」
「じゃねぇって言え。」
「へ?え?」
「大丈夫じゃねぇよな?」
「え、オレ、だ大丈夫…」
「…は?」
「う、あ!大丈夫じゃ、ナイ…」

押されれば、というか阿部君の言葉に首振ることはしない三橋君。
阿部君は、にっこり頷きました。
そしてくるりと皆に向き直り、声高らかに発言です。

「ハーイ、三橋さん一名様布団行きでーす。そしてバッテリーは一心同体!シガポのその言葉を胸に、添い寝決行します!」
「あ、あ阿部くッ??」

阿部君は三橋君の戸惑いにも、目もくれません。

「一緒に、寝よ。三橋…?」

周り皆に見えるよう、三橋君の耳元で阿部君は囁きます。
そして当の三橋君は顔を真っ赤にさせ、顔の近い、近過ぎる阿部君に身動きできません。
目が潤んできました。泣きそうです。

『死ねぇ!!』

唯動けた逞しい泉君と、異様な空気に耐え切れない花井君が、物騒なセリフと共に速球、いえ、速枕を阿部君に向けて放ちます。

しかし、
バスッ!ボスッ!!


「西浦のキャッチャー、なめんなよ…?」


両腕を顔前で無意味に交差させ、これまた無意味な片膝立ちで、二人から飛んで来た枕を阿部君はしっかりと捕らえました。
阿部君の見事な動きと、両の腕から覗く眼光、そして無駄に、そう、本当に無意味で無駄に渋い声音に、一同凍り付きます。

「あ…、あべ、くん…ッ!!」
「阿部かっこいー!!阿部阿呆ー!!」

キラキラ目を輝かせる三橋君と、同じようにキラキラしつつもゲラゲラ笑う田島君を除いて。誰も動けません。
みんなはただただ、恐かったのです。
今、目の前にいる変態のことが。
その変態が、いかにも本気ですという顔をすることが。
さらにその変態が、自分の所属する部活の副部長という事実が、とてつもなく恐ろしかったのです。

「…いや、田島…、阿呆、て…」

花井君が田島君をそろりそろりと引き寄せます。
田島君はこちらの人間だと、せめてもの抵抗です。
その間に阿部君は三橋君をゲット。
三橋君は阿部君の腕の中で恥ずかしそうに、でも温和しく抱き留められています。


「すいません!本当すいません!もう、本当すいません!!」

水谷君が皆に謝っていました。
そもそもの話、三橋君に向けて投げてはいけなかったのかもしれません。
皆は苦しそうに笑い、目を背けるばかりです。

「これだったらオレが死んだ方がマシだったぁ!!」

平和、とは言えない夜の出来事でした。
ちゃんちゃん。
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