書庫5

□すきすぎるはじめてものがたり
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「何だ、物足りなかったのか?」

そう思うとソワソワしてしまって、土方は軽く首を捻りながら聞いてしまう。婉曲的に聞こうとしてもあまりに高杉が真剣な顔をしているものだから、キュウと心臓が縮まったようになってしまって、上手く舌が回らないような気がするのだ。
ちらっと見上げると、高杉はまだ真っ赤になっている。

「いや、そ、そうじゃなくて…その、鯖、美味かったからまた、作ってくれ…」

そうは言いつつも、高杉は夕食のことなど何一つ覚えていなかった。妙にソワソワしてしまって土方が作ってくれたものを残すわけにはいかないとペロリと完食したものの、味も何も分からなかった。しかし土方は自分で作っていたのだから、食事の中身だってちゃんと覚えているだろう。だがのぼせ上がってしまっているのが自分だけなのかと思うと、いささかその青臭さが高杉は恥ずかしい。初恋がそういうものであるというなら、これは初恋に間違いがないのだから仕方がないが、まるで恋を覚えたての少年になってしまったような気がした。
実際食事中にちらちらと上下する土方の喉仏に目を奪われて、気もそぞろだったのだから仕方がないけれど、やはり自分だけがポーっとなっていたのだと思うと、高杉はまた首まで一気に真っ赤になってしまうのだ。

しかし不思議そうに自分を眺めている土方の夜着は、浮き上がるように白かった。
電灯は消されて昔ながらの行灯が揺れていると、また仄暗い宵闇が忍び寄ってはその白い着物にも白い肌にも独特の影を投げ掛けている。
いつまでものぼせ上がった頭は中々平常に戻ってはくれなかった。酒を飲んでも味がしない。実際は高杉の外見は、少しいつもよりけれん味が抜けた程度で顔は多少強張ってはいたがまだ平常の部類に入るだろう。だが心臓は煩いぐらいに鳴り響き、顔はカッカと火を吹くかと思うほど紅いのだ。こんなに自分はのぼせ上がってしまっているのに、土方はまた少し俯いているくらいでまったく平常のように見える。
まさか慣れているのだろうか――――――やおら高杉は不安になった。
まさか高杉は、土方が内心で押し黙っている自分と同じように不安を抱いていて、顔にはで出てはいないが酷くのぼせてしまっているなんて思わなかった。その後の自分の質問によって土方の方は多少は落ち着いていたのだけれど。

「おい――――――…」

土方にとっては、この後のことよりも今の沈黙の方がどうにかしなくてはいけないもののように思えた。
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