書庫5

□すきすぎるはじめてものがたり
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高杉はやたら、緊張していた。
土方と自分の膝の間に三方が鎮座している。その横には布団が一式、敷いてあった。灯りは無遠慮な電灯ではなく、これもまた高杉がこの日のためにこっそりと土方家に持ち込んでいた行灯が、二つ並んだ枕元にティッシュと一緒に置かれてはちらちらと頼りなくまたたいているだけである。

三方の上には、かわらけと冷酒が置いてある。
その向こう側できちんと正座している土方は、軽く俯いて沈黙に耐えていた。
高杉は無言で膝を崩しては、ちびりちびりと先刻からずっと酒で唇を湿らせている。
なんでもないような顔をしているものの、頭の中は一杯一杯だ。何を喋ったらいいのか、自然に布団に入るにはどうしたらいいのか、あらかじめ考えていたはずなのにいざとなるとちっとも頭に浮かんでこないのだ。ちらっちらっと視線を走らせると、浴衣の裾から出ている土方のほっそりとした手首だとか、俯いたその少し青褪めた目蓋、睫毛が作る影が灯火に揺らめいてなんとも儚げに見える。
何年も何年も焦がれた相手が眼前にいて、そうしてそのひとを自分はこれから抱こうとしている。
よもやこの状態になって土方も、このまま添い寝するだけだとは思わない…とは、思うが高杉にはそんなことまで自信がなかった。しかしそう思ってみれば、うっすらと俯いた彼の頬は薄紅いように見えてきゅう、と高杉は心臓と共にある箇所へと血が集まっていくのを感じるのだ。
それなのに、口を開いてもまともな言葉は出てこない。酒を飲んでいるはずなのに口の中がカラカラに乾いてしまっている。

「ッ、……なぁ…」
「…なんだよ」
「き、今日の晩飯なんだった…?」

ボケ老人しか言わなさそうな言葉に、向かいに座った土方が顔を上げてきょとんとした。

(何を一体言い出しやがんだ…?)

一瞬何を言われたのか理解できず、土方は高杉の顔を見やる。黙り込んでいたと思ったら、今日の晩飯などと全く突拍子もない。それでも何故だか高杉が酷く切羽詰った顔をしているものだから、こちらもつられて赤面しながら土方は指折り数えだすのだ。

「別に大したもんでもねェだろ?鯖の煮付けと青菜の煮浸しに、後はメシと味噌汁と、肴に刺身出したくれェで…」

むしろ土方の給料からすれば全く質素なものだ。土方自身そう高価いものは性にあわぬためなのだが、おぼっちゃん育ちの高杉にしてみれば物足りなかっただろうか。
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