書庫5

□しなやかな、腕の
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その事件が起こったのは、そろそろ冬の気配も遠くなった春のはじめのことであった。
何の変哲もない、本当にただの一日で終わるはずの日のことだった。

いつも昼過ぎには、玄関口からどたどたとぎやかに子供が戻ってくる。
昨年から寺子屋に通いだしたほたるとるりも、もう一年ともなるとすっかりと学校生活にも慣れて、たがやはりどこか寂しいのだろうか。
「ただいま戻りました」
と言うやいなや、土方が帰ってきているときは直ぐにすっ飛んでいく光景がしょっちゅう見られるのである。長子の千歳はさすがに双子より二つも年長だけあってそんなに急いだりはしないのだが、やはり少しはにかみながら戻りました、と言っては双子にひっつかれている母親に軽く頭を下げて挨拶する。
しかしその日は全く様子が違った。
にぎやかな声を待っている銀時たちの耳に飛び込んできたのは、静かな、けれど聞き間違えようのない泣き声であった。


+++しなやかな、腕の+++


「え、え!?何があったの!?」

どたどたと玄関まで出てきた銀時が目の当たりにしたのは、真っ赤に泣きはらした目をもてあます娘と、全身に傷をこさえてボロボロになっている息子二人であった。あまりのことに一瞬寿命が縮む思いをしながら、ようようのことで銀時はどうしたの、と口にする。銀時の後に続いて出て来た桂たちにも目を丸くして、三人の様子を眺める。傷だらけの千歳とほたるの格好もすごいが、いつもは滅多に泣いたりしないるりが、ぼろぼろと大きな睛から涙をこぼし続けるのに呆然とするしかないのだ。

「…喧嘩した」

非常に端的に千歳は答えた。
ほたるもまぁねー、とこちらは幾分強張りながらも、いつもと変わらない声で言うのだがやはり納得が出来るような状態ではない。
子供が喧嘩する分には、構わない。
怪我はできるだけして欲しくないが、子供はそうやって成長するものだと、時には本気で殴り合いやら引っかきあいをした記憶のある四人は思う。しかしるりの泣きようはただの喧嘩とは到底思えなかった。
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