書庫5

□しあわせのそのちいさなてのひら
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体重が戻らない。

目下のところ、高杉の悩みがそれだった。
自分のではない。高杉自身は細く見えて、一応鍛えているから体重は意外にある。
体重が戻らないのは、妻のほうだった。
先日臨月に少し足りずに息子をようやっと産んだばかりの土方は、それからどうも体調が悪い日が続いている。元々食が細かったのが、ほとんど食べられない。つわりもひどかったのだが産後までこんな苦労をするなんて土方自身思わなかっただろう。医者に要安静を宣告されて以来めっきり布団と仲良しの日が続いているから高杉は気が気ではない。
医者に言われた通りに手は尽くしているが、土方の医者嫌いも相当のもので薬はなんとか大人しく飲むものの、診察に連れて行こうとするとひどく嫌がるのだ。かといって体重も千歳を産んでから元に戻ったかというとマイナス値まで記録してしまったし、顔色も青ざめて起き上がっているのも辛いという日もあるかというから、とうとう高杉のさして長くもない堪忍袋の緒が切れた。

「トシ、医者行くぞ」
「…嫌だ」

スパン、と襖を開け放ちざまそう宣言すると、ゆっくりこちらを振り返った土方が真っ白な顔で首を直ぐに振った。何でそんなに医者が嫌いなのか分からないが、こんな状態になってもまだそんなことが言えるというのは凄い嫌い方である。
今日はまだ体調は良いほうらしく、布団から上体を起こしてはいるがその顔色たるや死人の方がまだましなのかも知れないと思うような色である。

「そんなこと言ってもお前、今日も何も食ってねェだろ」
「大丈夫だから…今日はまだ調子良いし」
「お前の大丈夫は信用できねェ」

精々不機嫌に言ってやったのだけれど赤ん坊を抱いていては格好もつかない。
土方はゆるく口元を吊り上げて、一寸笑ったようだった。全ての動作が酷く緩慢で、弱弱しい。
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