書庫5

□家族の肖像 -帰り道-
1ページ/7ページ

子供が出来たといったときのあの顔が忘れられない。
近藤と沖田を呼び出して、自室。そっと下腹に左手を置いて、子供が出来た。そう土方が呟いたとき、近藤はまず喜んでどこのお嬢さんだ、と聞いてきたものだ。対して沖田は平穏に、いや訝しそうな目で土方の左手の置かれたなだらかな腹を隊服越しに眺めていた。
娘にじゃない。自分のこの腹の中に、もうひとつ命があるのだと言うと、近藤は絶句した。
男の腹に子供が宿るなんてありえないことであると、それくらい土方にも分かっている。しかし天人の技術というものはどこまで進んでいるのだろうか、男でも子供ができる薬を目を輝かせて坂本が持ち帰ったのは少し前のことだった。
半信半疑だった土方ではあるが、現に自分の体内に宿っているのだから信じざるを得ない。

「それでトシよォ…その、父親…は、誰なんだ?」

近藤はまだなだらか腹を眺めて、おずおずと土方を見上げる。
朱唇を一度きゅ、と結び、そして意を決して土方はそれを解いた。


+++ 帰り道 +++


その父親が迎えに来ている。
屯所に直接来ることは出来ないから、いつくか角を曲がったところで人目に付かないようにひっそりと藤笠をかぶって待っている。目立つ着物もこのごろは止めたらしい。紺の着流しを着た高杉は更に気配を消せば雑踏の内に紛れ込んでも分からないだろう。何故普段からそれをしないか土方には分からない。人目を引き寄せたいわけではないだろうから、ポリシーでもあるのかもしれなかった。いや、単なる趣味だろうか。

「お帰り」
「…ただいま」

今だ家ではないのだが、土方は一寸笑ってそう応えた。
このところそこに置くのが癖になってしまった左手は腹の上だ。そっと右手を握られる動作にも慣れてしまった。前は癖で、どうしても利き手は開けておかないと不安で仕方がなかったのに今では男の骨ばった手が確かめるように触れてくれるのが嬉しいのだからどうかしていると思う。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ