書庫4

□In Paradism 宿木
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夜は、まだ浅い。
どこからともなく流れてくる三味線の音を聞きながら、トシはぼんやりと文机に肘をついて、格子窓の向こうを眺めていた。
宵の口の楼の空気は、どこか慌しい。客を呼び込む声は吉原でもここでもそう大した変わりは無い。
この町でも、ひとはそうして生きていくのだろう。
どんなところでもあっても生きていこうとするのだろう。

その生命力が、トシには少し眩しい。

自分の何処がそれに馴染まないかということはトシには分からない。だがトシは、自分の存在自体がどこか異質なことを知っていた。
女のあふれ返るこの町にも、陰間屋はあるだろう。女の格好をして、興を引くものもいるだろう。そちらの方が愛想もあることだし、自分を相手にするよりずっと面白いに違いない。
それなのに何故か自分にこんなにも客がつくのか、土方にはまったく分からない。

ひとときに四人にも押しかけられてしまっては、そう現実逃避したくなってしまうというものであった。
ちらりと目をやった後方では、じりじりと睨み合いが続いている。溜息のひとつも吐きたくなるというものだ。いや、ひとつきりではどう考えても足りるはずが無かった。

「…なんでお前ら、ここに着てんの」
「それはわしの言い分ちゃ。金時、おんしは今日は気分が悪いちゅうたろう」
「そもそも今日は俺が先約を取り付けていたのだぞ…」
「何でもいいから、譲れやてめェら」

それぞれにバチバチと火花が散っている。
泣く子も黙る、幕府高官はもれなく青ざめる、攘夷派指導者四人組がこんなところで取り合うなら余程の美女…の、はずなのだが生憎とトシは、男であった。
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