書庫4

□天国にて
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近藤が何も知らされずにも楼に立ち寄ったのは、その日の昼を少し過ぎたあたりであった。
トシはまだ、見つからない。痕跡すらどこにも残されてはおらず、さしもの近藤も疲労の色が濃かった。
もう最後にトシを見てから、一月にもなる。清河の所に行ってしまってからだとに二ヶ月以上にもなった。よもやトシは、もうこの世にはいないのではないかという思いが胸中を横切っては近藤はその度に頭を振って不吉な想像を追い払った。そうなっていたのなら、もう自分はどうしていいかも分からない。
生きていてくれれば、いい。
他の誰か、優しいひとと共に生きていてくれるのなら、それでいいのだ。それならトシを置き去りにしてしまった自分だ。あのひとときの思い出を抱えて、そうして生きていけばいいのだ。彼の幸福だけを願って。あれほまたとない夢だつたと思って、そうして少なくとも前を向いていけるだろう。彼を諦められないけれど、無理矢理諦めることも出来るかもしれない。身を切られるよりずっと辛いことであることに変わりはなかったが…。
目の下の隈はいよいよ濃くなっているらしい。鏡を見ればなる程、憔悴しきった男はぼんやりとした顔をしている。魂まで少しずつ抜け出しているような気がした。

訪れた楼、玄関口で掃除をしていた新八が近藤を見上げてぴょこんと飛び上がった。
カシャンと持っていた竹箒が転がって近藤はあまりの驚きように逆に驚かされてしまった。そんな飛び上がるまで自分は酷い顔をしているのだろうか。確かにやつれていると自分でも思うが、そんなに驚くほどのものでもあるまい。
いつもはここでトシに関する情報が無いか、白夜叉や高杉たちを見た人間はいないかと尋ねていくのだが近藤を見上げる新八の顔はどこかぎこちなかった。

「何かあったのか?」
「いえ何も無いとは思うんですが…。その、あんまり近藤さん、顔色が悪かったから。やっぱり眠れてないんですか?」

最近は沖田に叱られて、多少は眠れるようになった近藤だが常人から見たらまだまだ足りていないのだろう。ザラリと頬を撫でそんなに酷い顔をしているかという近藤に新八は眉尻を下げて控えめに言った。

「あの…丁度今山崎さんが来ているんです。長谷川さんも今、そんなに具合が良くないから。近藤さんも一緒に薬でも出してもらったらどうです?」
「早く上がれヨ、ゴリラ」

新八の頭上から降って来た声に、近藤は首を殆ど直角ら持ち上げた。青い空を背景に少女が身を乗り出していた。
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