書庫4

□In Paradism 終わりの始まりのおと
1ページ/11ページ

トシが居なくなってしまってから、神楽はトシの局でずっと寝起きしている。
他の人間にトシの持ち物に触れられるのが嫌だったのだ。他の女たちも、トシと意味合いは違うけれどこの楼は家族みたいなものだったけれど、やはりトシは別格だ。長谷川はそうそうトシがいなくなってしまったからといって直ぐに局に他の遊女を入れようとはしなかったが、それでも神楽は安心できなかった。
トシが連れ去られて、もう一ヶ月が経っている。
その間にこの町も大分変わったと思ったのは、錯覚だろうかと神楽は思う。
トシのいない楼はどこか、寂しい。けれどこの他の店は何も変わっていないはずだ。そう思って、あぁ、と神楽は思い知ったのだ。
トシこそが、自分の世界だった。
だから彼がいない世界が、こんなにも味気ないのだと。




仕事が終わると神楽はいつもトシの局へと足を運ぶ。女たちは客と戯れてはいる時間だ。この楼は神楽もいることだし、高級官僚の客が多いため滅多なことでは騒ぎになったりはしない。トシが失踪してからは攘夷志士たちも顔を出さなくなったから尚更であった。
彼らは、どこに行ってしまったのだろう。
神楽はトシが置いていった緋色の襦袢を抱きしめながら、うっそりと溜息をついた。
面倒を言う客は滅多にいないものの、嫌な客がいないわけではない。高杉たちが戻ってくることをまだ心配しているらしいから多少は大人しいが、いずれ難題を吹っかけてくるだろう。トシはそれを艶やかに笑ってはかわしていたものだ。誰もトシには大きな無理を通すことは出来なかった。それは裏に攘夷志士たちがいたからでもあるが、トシ自身がそんなことを許さないような、そんな空気を持っていたからだ。
甘えさせてはくれるけれど、決して心は許さない。

初めてトシが恋をした男が、近藤だ。トシが何もかもを許したのも、きっとあの男にだけだ。
その近藤は毎日この町にやって来る。高杉や白夜叉を見ていないか聞き込みをしているのだ。おそらく彼らはもう江戸にはいないだろう、と山崎が言っていたのを神楽は思い出す。
江戸に居て、そして性懲りもなく女を漁りに楼に出てくるなんてことがあったらくびり殺してやる。そう神楽は思っていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ