書庫4

□In Paradism 渦の奥、その水底へ
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トシは――――――少し柔らかくなったように沖田は思う。

同時にまた少しずつ細くなっているような気がするのが心配であった。
近藤の話を受けても客を取ることは止められないのだから、それが心労になっているのかもしれないと近藤は気に病んでいる。
一概に遊女の身請け金は算出できるものではないが、トシは島原ではないが太夫に次ぐ天神だ。格下の女でも五十両から百両くらいはかかっていたのだ、トシは大体にして三百両以上はかかると思われた。昔の殿様には遊女の重さと同じだけの金子を支払った者まで居るという。
一般庶民では一両を見るのも稀なのだ。遊女を年季が終わる前に請け出すことは生半可なことではない。

トシは年季がないというから、すぐに楼から出られるかといえばそうでもない。
楼のほうでも支度が要るだろうし、いくら子飼いといっても形式というものがある。近藤もそれを受け入れざるをえなかった。
トシを請け出したいという人間はいくらでもいる。
それをトシが全て断ってきたというのに、自分だけが何もせずにひょいと請け出してしまったら、悪いだろうと近藤はじれったそうな色を目に灯しながらも仕方がなさそうに呟いた。
別に早い者勝ちというわけではないだろうし、トシが自分の意思で断ってきたのだから良いではないかと沖田は主張したのだが、近藤は仕方がないと言って頷かなかった。
おそらく近藤は理由をつけたいのであろうと沖田は思う。
トシを狙っている男たちに、少しでも付け込まれる隙を作りたくはないという配慮でもあったろうし、ささやかな男の見栄でもあっただろう。
今まで情夫として無銭で通わせてもらっていたのだ。
店の人間にも相応のことをして、筋を通すつもりなのであった。

しかしその意地がなければ――――――ささやか過ぎるこの男の筋さえなかったなら、強引にトシを迎え入れてしまえばあんなことは起こらなかったと、沖田も近藤もその後幾度も後悔することになったのである。
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