書庫4

□Promised World
1ページ/10ページ

その日は爪先が凍ってしまうかと思うほど、空気のきんと澄んだ冷たい日だった。

珍しいことに、昼過ぎには近藤から意気揚々とした声で今夜は開いているかという連絡が入った。
大抵近藤は、約束は取り付けない。
それは彼がかなりの上がり症で、トシが相手だろうと新八が相手だろうと緊張してしまって電話口でまともに喋れないせいであった。第一、彼の古道場に電話が引いてあるかも怪しいところである。
いつもはふらりとやってきて、先客があったら大抵は言付けをして帰るかしているというのに、どうしたことだろうと首を傾げながらもトシは大丈夫と返事をした。
トシもトシで、近藤のために特別なことをしているわけではない。
もらいびきをして先客を追い返したのは、新八が機転をきかせたあの時だけだ。近藤の方もちゃんと弁えていて、情があるのをいいことにトシにせびったりはしなかった。
体の関係が出来ても、近藤は相変わらずに穏やかで、ひどく奥手な男のままだった。
好い人を見つけたね、と他の遊女たちに微笑みながら言われてトシがはんなりと笑っているのが、新八も神楽も嬉しかった。
しかしトシの方が次第にその微笑を変質させつつあったことをには、新八も神楽も気がついていなかったのである。トシの仮面はそうそう若い二人に見破れるほどに薄くはなかったのだった。

その日は、酒を呑みに来るという。二人で来るから、というのを不思議に思っていたトシは、時刻どおりに玄関まで出迎えて驚いた。
連れ立ってきた近藤と沖田が――――――上等な黒い羅紗に銀色の上品な縁取りを施した洋服を着て、そして近藤の髪がすっかりと短くなっていたからであった。

「勲さん…それ、どうかしたのか?」

目を丸くするトシに、近藤は照れくさそうに頬を染めて僅かに俯くと、似合わないかな、と呟いた。

「そんなことはねェよ。驚いただけ」

短髪の男たちもトシは見慣れている。近藤がしていたから、驚いただけである。
最初の驚きが去ってじっくりと見てみれば、前より近藤は精悍になったようであった。
きっちりと着物に袴をつけた姿も男らしかったが、洋服によって顕れるがっしりとした体のラインが、この男の逞しさを際立たせている。髪は思い切ってばっさりやってしまったようで、すっかりと短くなってしまっていた。一瞬その髪型に剣山を思い浮かべたものの、前よりずっと似合っているような気がするから不思議だ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ