書庫4

□In Paradism 柔肌
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「わざわざここに来ていただかなくても、言ってもらえれば楼に伺ったのに。これじゃ帰りは暗くなますよ。トシさん一人じゃ心配ですよ」
「いいんだよ、腕はねェが口はあるからな。俺に手ェ出すことの危険くらいここにいるやつは知ってるサ」
「そうは言いますけどね、最近じゃ危ない奴が多いからなァ。午前にも一人、腹ぶっ刺されたのを縫ったばっかりなんですよ」

鎮痛剤押し付けて帰しましたけどね、という山崎の顔は見ずとも、おそらく表面だけは困ったような人の良さそうな顔をしているのだろう。この男も中々食えない奴だよな、とトシはぼんやりと視線で煙を追いかけながら思った。でなければこの街では生きてゆかれぬからだろう。

「…ま、ここまで来てりゃあ、その間小煩いのに煩わされねェしよ」
「あぁ、わざわざ来た理由がそれですか?さすが稼ぎ頭だなァ、見世の時間でもないのに。何ですか、高杉晋助ですか?それとも桂小五郎でしたっけ?」
「強いて言えば、両方。後は白夜叉と坂本辰馬も」
「あはは、凄い顔ぶれですねぇ!攘夷運動の四大英雄そろい踏みだ!!」
「笑い事じゃねェよ、俺にしたら。てめェもあんまり首突っ込んだら消されるぜ」
「大丈夫ですよ逃げ足には自信ありますから。ほら、それに俺って地味だし、人ごみの中入っちゃえばそうそう見つかりませんよ」
「その前に斬られなきゃあいいけどな」

スパー、とトシは首をひねって、また有害物質を吐き出すのだ。
ああ、またァと頼りない声が僅かに励起して、トシの唇から銀飾りの煙管を奪いとっていく。トシが不機嫌に肘で上体を起き上がらせて首をひねり睨みつけると、山崎は肩を竦めて煙管をさっさと薬棚の上に追いやってしまった。

「唇が寂しいんだよ」

むぅ、とトシは軽く上目遣いに拗ねたような声を上げるけれど、山崎はダメ、とだけしか言わない。

「残念ながら俺は客じゃないんで、甘い顔はしてあげませんよ。大体あんた、肺病のキャリアなんだから煙草は控えてもらわないと」
「煙草吸うと肺病になるってか?初耳だな」
「体に悪いことするとそのうちになりますよ…ハイ、次は整体。」

溢れ出すような、と評される色気も山崎には通じないらしい。
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