書庫4

□In Paradism 柔肌
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「へー、それでおたくの神楽ちゃん、この間から外走り回ってるんですか」

ことのあらましを相当かいつまんで(ほとんど背景を取り除いて純然たる事実だけをしかも面倒くさがったトシがかなり省いたのだ。)聞かされた山崎は、何を想像したのかひどく感心して頷いてばかりいる。
この男のどこに自分の面白くもない話が作用したのか、トシには全く分からなかったが、折角感動しているところに水を挿すこともあるまいと、腹ばいになりながら煙草を呑んで黙っているのである。

紫煙が充満していく室内に、やっと感動から脱出したらしい年若い医者はやれやれと眉根を寄せて患者を軽く睨んだ。

「医者に着てまで煙草吸うなんて、いい度胸してますよね、トシさんは」
「煩ェ、もぐりだろてめェ」
「マトモな医者じゃこんなところで営業なんて出来ませんって。それよりもうそっちの針取りますよ」

トシの言い草に怒った様子も無く肩を竦めると、腰までむき出しにされた滑らかな肌の上に当てられた湿布を小さく切ったようなテープを取り除く。
長い針をこの白い肌に打ち込むというのもひどく倒錯的でそそるが、軽い整体くらいならこれで十分だ。
テープの裏側に突き出た小さな針に触れないようにゴミ箱に投げ遣ると、見てもいないのに横着、とトシは猫のように笑った。

確かに山崎の言うとおり、無許可営業の風俗やら組の人間も多く出入りしているこの区画は、不法の集合体のようなものだ。トシのいる楼とて不法営業だ。それを咎められないのは、幕府の人間も大勢出入りしているからである。よほどしたたかでない限り、まともな人間ではトシのように後ろ盾が無ければ生きてはいけない場所だ。
ぷつぷつと針を抜いていく青年は、四・五年前にこの街に流れ付いた男だった。
それまでどこに居たのかはトシは知らない。時々訛りらしいものは出るが、どこのものか色々と混じってしまって一向に判断がつかないのである。全国を回っていたのだというのはどうやら本当らしい。方言というものは中途半端に感染りやすいと聞く。
山崎はもぐりの医者だ。せいぜい二十代の前半くらいにしか見えない若造なのだが、針から整体から性病知識・堕胎中絶までこの街で生きていくのに困らないだけの知識と技術を持っていた。トシが出入りするようになったのは山崎がこの街にいついてしばらく経ったころで、すでにそまころこの男はこんな顔をしていたから、本当の年は分からない。
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