書庫4

□In Paradism 無様な恋
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「金翅雀か」

止まった手を咎めることもなく、背後から声がかけられる。
あァ、と短く答えて手を放すと、金翅雀は軽い羽音を被響かせて声のしたほうに飛んだかと思うと、トシにしたようにその男の髪をちょんちょんとつついた。

「こら」

そうはいうものの気にする様子もなく、男が手を伸べると金翅雀はその上に大人しく捕まる。
金翅雀が人馴れしているのか、それともこの男が動物に好かれるのか。一体どちらだろうか。
琴は諦めて振り返ったトシは、脇息にもたれかかり指先を金翅雀に玩ばれている長髪の男に目を細めた。

桂小太郎。

攘夷志士である。銀時や高杉と共に一線で派手な活動を繰り返す指導者であるが、その二人とは違いテロリストのくせに妙に常識家だから、トシも無碍には扱えない。
尤もその二人が規格外なのかもしれないのだが…。

「トシは、動物は好きか?」
「あんまり。…良く知らないからかもしれねェけど」

琴を押しやり煙管を取り出すと、トシは桂の横にいざリよる。金翅雀が首を傾けてトシの顔を眺めた。

「知らないというのは、どういうことだ?」
「俺はここから滅多に出ねぇからな。動物どころか、人間くらいしかまともに知らない」

否、それこそまともに知っているはずがないか――――――と、ひそりとトシは自嘲する。ここでひとがしていくのは、恐ろしく原始的な営みだけだからである。
長谷川の部屋にはテレビもあるが、トシはそれにも特別興味がないから、入り浸ったりはしないのだ。出ることのない外の世界に下手に興味を持たれるわけにはいかないから、長谷川もしつこく何かを勧めるようなことはしない。人間を管理することの最上の手段は情報を独占することである。長谷川はそんなことは考えていなかったかもしれないが。
おそろしく旧文化的な性質の中に埋没するトシだからこそ、攘夷志士たちは親近感を抱くのかもしれないし、天人も興味を引かれるのかもしれない。特に不便だと思わなければ、トシは何に対しても積極性を働かせたりはしなかったから、とりたてて外のあれこれに関わろうとはしなかった。
まことに人間が満足した瞬間に、文明の発達は止んでしまうという事例のような遊女であった。
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