書庫4

□In Paradism 無様な恋
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金翅雀がどこかで鳴いている。

ちらちらと飛ぶたびにその翅から燐粉ぷんが零れ落ちていくようで、ぼんやりと爪弾いていた琴を止めて、トシはその軌跡をしばし追った。

雨が降っているし、格子があるから窓を開け放していても出ては行かないだろう。
人に馴れた異国の鳥は、相手をした男に貢がれたものだ。小部屋の中を自由に羽ばたく小さな小鳥に、神楽がそういえば大層興味を示していた。
チルチルと短く囀る小鳥はやがて伸べられた手の甲へと集まった。小鳥はトシの黒い髪が気に入ったようで、髪先をつついては遊ぶのが微笑ましい。しかし可愛らしいが鳴くものだから、少し困ってもいる。
二間続きの向こうの部屋、コトの最中に囀られたら客がぎくりとするだろうから。
近藤なんて、きっと跳ね上がってしまう。そう想像して、トシは短い笑い声を上げた。

トシと近藤の関係は、二人が体を繋げてからもとりたてて変わったことはない。
大体初めてトシを抱いた男は、トシを自分の所有物のように思うらしかった。
お前は俺の『おんな』なのだと、言外に言内に言われてきたのである。そう思いたい男にはそのままにさせているトシだ。つまらないことで波風を立てるのも馬鹿らしい。それで必要以上馴れ馴れしくなった男や無体を働いた男はそのまま何十人となく退場してもらってきたのだ。
トシの年表というものがあるのなら、その足跡の後に捨て去られた男たちの恨みと、それより先にある男たちの伸ばされる手。それで埋め尽くされることだろう。トシはそのどれにも近づかない。そして手を伸べた男の幾人かは、わずかな幸福の後、気が付けば新たに足跡の中に転がっているのに気が付くのである。
トシはそういう遊女だった。
いくつもの男に体を開き、かき乱し、けれどそれは永遠ではないのである。
それに気が付かない男は不幸だ。幸福を噛み締めているうちにおいていかれる羽目になる。
手を伸ばし続ける男も、それに気が付く男も不幸だ。
けれどトシの与える一瞬の幸福は、麻薬のようにこびりつき沈殿することなく、ぐるぐると体内を巡りしみこんでは中毒と禁断症状をもたらすのだ。
それに耐え切れずトシを求めるしかなくなるのである。
しかもそれをトシが自覚しているようなふしもないのであった。いや、もしかして自覚をしていて、放置しているのかもしれない。悪女であった。
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