書庫4
□恋の顔をした、恋に似たもの
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大鳥は嘗めるようにしても元々大して残っていなかった杯を干した。
夜である。
格子の外側は、この町のイメージがあるからだろうか、どことなく湿っているようにも思える。大通りの方に出れば、軽快な音楽と赤みの強い電飾と淫猥な歌が流れているから、その湿気も少しはまぎれて上手く隠れてしまうのかもしれないけれど、残念ながら大鳥の飲み方はそういう空気にあわせられるものではない。
明るく酔うのもいいが、こうしてしっとりと杯を重ねるのも好きだ。
格子越し、細く切り刻まれた月明かりは彼にぶつかり、畳の上に長い影を作る。
トシはその白い頬を煌々と浮き上がらせ、目を伏せていた。細くたおやかな指は、三味線をつまはじき、ほろほろとかすかな音を生み出している。上手いとは思うのだが、何の曲か楽曲に明るくない大鳥には分からなかった。
大鳥がトシと出会って、もうすぐ一年になる。
滅多に外を出歩かない彼を見つけたものだから、ものすごい幸運であったと大鳥は内心思っている。
接待でつれてこられた遊女やからなんとか理由をつけて帰してもらって、その挙句に慣れない道をうっかり迷い色町をぐるぐる巡っていた大鳥は、トシに案内してもらって大門まで送ってもらったのだった。
宴が始まる前だから宵には早い時間でまだ良かった。人の良い大鳥のことだ、いくら役人だといったところで玄人女たちにお構いなしに有り金どころか身ぐるみまでむしりとられていたことだろう。
その礼に二度目に訪れて以来大鳥はこの遊女屋の常連になっている。
因みにその時も結局トシに送ってもらった。この町に住みながらトシはこの町の中すらほとんど歩かないと言う変わった人間だったのだけれど、それはそこ、話術というものを持っていたから帰るうちに何人かに声を掛けられたけれど、トシは口の端に微笑を浮かべて二言三言でそれらを追い払ってしまった。