書庫4

□InParadism 色彩(カラァ)
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トシの目は、稀有な色をしている。

真昼の光の下では薄い灰色に見える睛は、刻限によっては橙を灯して朱金に瞬いたり嫋嫋とした藍に沈んだりする。
夜を今写したトシの睛は限りなく黒に近い藍色をしていた。
しかしそれも行灯の光りがちらりちらりと踊るたびに僅かに銀色を交えて浮き上がる。洋灯の下ではこんな光景はきっと望めないだろうと高杉は思った。
全てに染まりうるそれは、完全な色彩である。
色の名など持ち合わせぬ、まさしく個を捨てた色彩そのものだ。それほど完全な色を高杉は知らない。

弦を爪弾く細い指先、調えられた爪先がちらちらと行灯の光りを散らしている。
完全な色彩を纏う睛は橙と黒とを交えた瞬いた。
トシは今日も黒を着ている。襟元から腰周りまでは完全な黒ではあるが、裾にあしらわれた大きな牡丹の花の下は一気に真紅へと転調している。
この遊女には珍しくきちんと正座をしたその膝元、せっかくの牡丹を隠すかのように三味線が乗っていた。
何の曲を弾いているかは分からない。どこかで聞いたような、聞かないような。ただかき鳴らしいてるだけなのかもしれないが、時々知っている旋律が混じる。トシにしてもきちんと弾く気はないのだろう。手慰みだった。そのくせにかきならしている音の列が何らかの旋律になっているような気がするから、上手なのか下手なのか分からない腕をしている。

トシはそういえば、高杉の前できちんと三味線を引いたことがなかった。

天神なのだからそれくらいできるだろうが、トシに限っては出来なくても不思議ではないと、そうも思いもするからこのおんなは面白い。

白い指が辿る三弦が幽かに震えて音を生む。
おんなのように白いおとこの骨格をした手は、気に入った音でも見つけたのだろうか、もう一度先刻爪弾いた音を繰り返した。

二度目で覚えた旋律に、高杉の唇が呟く。



「―――――三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい…」



丁度良く音に乗ったそれは、即興のうたになる。

歌い終わった瞬間にはたりと三弦の奏でる音は止まった。

ぱちぱちとトシが瞬きをくりかえしているのを見ているのが嫌で、高杉はその白い手首を無理やり掴むと同じ男とは思えない細い体を引き倒していた。
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