書庫4

□In Paradism ゆめのあと
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外に出るころには雨は止んでいた。
小雨は少し強くなっただけで、しとしとと一晩中降り続いていたらしい。明け六つの空はほの明るい。日は昇っているが、薄い雲の向こう、昨日は見えなかった光輪がわずかに見えた。
足元を冷やす水溜りは小さい。
夜の街だから、この時刻は道に人気が無かった。

手を繋いだままひそりと楼から出て、静かな道をトシと近藤は歩いた。

昨日一晩喋りすぎたのだろう、言葉は二人の間に無かった。だが声が無くともただ繋がれた手の間、二人の体の間には穏やかな空気が静かに満ち満ちている。
ひやりとした空気からトシを守るように近藤がわずかに身を寄せた。トシはほんの少し目じりを下げて微笑んだ。
とても先日までは手を握るだけで赤面していた男の行動とは思えなかった。
実際近藤は今トシが手を払いそっとまた繋ぎ直したらまた真っ赤に頬を染めただろう。反射のようなものだ。トシはそう分かっている。はっとしたらまたあたふたとする。その可愛らしさもこの男らしくて良いが、今それを壊すつもりは無かった。

傍に居たいと思う客は初めてだった。
商売柄さまざまな男が自分を買いに来る。そのどれにもトシはこん感覚を抱いたことは無かった。商売だと割り切っていたしだからどれだけ熱情を囁かれてもトシの心は静かなままだった。醒めている、と良く言われる。それが売りであったから、罵られることはあってもあえて媚態を装うとは思わなかったのだ。
だがこの男の横に居ると、自然に結ばれた唇が綻んでしまう。近くに居たいと思ってしまう。
あまり良い傾向ではないな、と分かっているけれど、だが近藤の生真面目さが、優しさが、ぎこちなく触れる手が心地よい。

トシが客を大門まで送ったのは初めてだった。
馴染みの客は何人か居たが、皆玄関くらいまでならともかく大門までは送らない。
ここはもう吉原ではないのだし、タチが悪い店は大抵とはいえ身を売る女ばかりが集まっているわけではない。そんな前で情人との別れを演出してやるつもりは無かった。
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