書庫4

□In Paradism 霧雨の日
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まぁ座れ、と襖にもたれかかってちびちびとやっているトシに座布団を出してやると、警戒の色も無く、ん、と呟きあまり確かでない足取りでその上に座り込み、トシは裾を割って胡坐をかいてしまう。単の下に着た緋色の襦袢の内から惜しげもなく覗く膝小僧に、長谷川はああ、トシは男だったのだった、と何度も確認する羽目になる。
体つきも声も顔も男のくせに、何故かトシを見ていると性別の確認が長谷川にはできなくなってしまうのだ。すとん、といつの間にか当たり前のようなことが抜け落ちてしまう、そういう雰囲気を自然と纏っているのが、トシという遊女であった。

囲炉裏にはちらちらと火が燻っていた。
小春日和、とはまだ遠い外は日がのぼれば多少暖かくはなるだろうが、まだ上着は手放せない。三口きっかりでトシはとん、と、煙管の雁首を叩きつけるようにして吸殻を捨てた。

「お前さんが煙草切らすなんて、珍しいじゃないかい」
「一寸うっかりしてただけだよ…新八に頼んで買いに行ってもらってる」

傘で行ったけど、雨降ってるのか、と言うから大分感覚器官が鈍っているのだろう。

「昨日は、どうだった?」
「何で」
「明里の旦那さんだろ?一体どんなひとをつれてきたのか心配でね」
「あの人の連れなら性質の悪ィのはいねェよ」

ぷか、と煙をその真っ赤な唇から吐き出してトシは目を細めている。
紅も塗っていないというのに、この男の唇は赤く艶かしいのだ。昔から色の白い子供だったが、これほどまで見事な対比すら描くようになるとは思わなかったと、婀娜なトシの姿を見るたびに長谷川は少しだけ、後悔しそうになる。口に出したらきっと馬鹿にされるだろうし、気も遣われるだろうから言葉にしたことはないが。
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