書庫4

□In Paradism 紅いネイル
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「吉原に行ったことはおありですか」
「いや…」
「なくなってしまったのは惜しい。色町はあれくらいの方が良かった」

そういう男はさして遊び人とも見えぬのに、そういう声がやけに寂寥に溢れていて近藤はおかしくなる。

吉原も最盛期は格子の内から客を誘う声で大分に賑やかだったという。
何が今自分たちがいる場所と違うのかといえば、矢張りそれは灯りであろう。横に居る人間の顔が辛うじてわかる程度の仄暗さが持つ奥ゆかしさが、ここにはない。吉原どころかそういうところに行ったことがないない近藤にしてみれば、変わりなど説明を受けても、知ったかぶりのできる性格ではないから良く分かりますなどと言えるものではないが、成程、通ったことのあるものにしてみればこの電飾の灯りは逆に目に痛いだろう。

正直に、

「俺には良く分かりません」

そう言うしかない。
一瞬横を歩いていた男は、驚いたような、哀れむような、拍子抜けしたような次々にそのおもてに表情を浮かべたが、黙っていれば良かったと近藤が赤面して首をすくめる前には面白いものを見つけた、という顔に表情は収まっている。

「こういう場所には、来たことがない」
「ええ」

まじまじとその細い目にわずか笑みを乗せつつ聞いてくる男に、近藤はぱつの悪いような顔をする。
遊女と契ったことが無いとはいっても、町娘とそういう関係になったことがあるわけでもない。ははァ、と心得たような顔を出した男は近藤の様子を見て察しがついたようであった。

「ならここの景色をようく覚えているといい。直ぐに吉原をみせてあげるから。私の郷愁がきっと分かりますよ」

遊郭に対して郷愁という言葉を使う男は、やっぱり近藤から見ればすこし面白い。

「しかし遊郭は…」
「吉原から移転したんですよ、これから行く店は」

こっちです、と手招きする男はいつの間にか裏路地の入り口と思われる細い道の前に居る。たちまち道の端から女たちが手を伸ばし、しなだれかかり腕をとろうとするのに慌てて近藤は先を行く男を追った。一人でこんなところに残されたら、身ぐるみを剥ぎ取られてしまうに違いない。
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