書庫4

□In Paradism 紅いネイル
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夜に入ると、途端に周囲は明るくなった。

おかしな話である。夜というものは暗いものだと相場が決まっている。
だが大門の内側へと這入るとそこは昼までとはいかぬが、大分明るくなっていた。電飾のせいだろう。大通りの両脇にはネオンサインがちらちらと瞬き、肌をあられもなく露出させた女たちが店の看板にもたれかかりながら、外界から這入ってくる客を品定めしようとしている。

赤い襦袢を肩にかけた女にひとつウインクを投げられて赤面した近藤に、隣を歩いていた男が小さく笑った。




+++In Pardism −紅いネイル−+++




「随分と初心な反応をなさる」
「はぁ…こういう場所には何分慣れません」

頬をかきつつ困った顔をする青年は、二十の半ばを過ぎたころだろうか。かっちりとした体格の、いかにも男くさい顔をしているが、何処となくその顔には愛嬌がある。見方を変えれば精悍ともいえるかもしれない顔でもあった。着流しではなく袴をつけている。髷は切ってしまって後ろで中途半端な長さの髪を簡単に結っているだけだが、元々は武家かそれに近い家柄なのだろう。立ち振る舞いが一見大雑把に見えて、では隙を探そうとするとそれが中々適わない。

むっつりと唇を引き結んでいれば中々にいかつい顔になるのだろうが、それが情けなくも眉根を八の字にして、首まで真っ赤になっているものだから迫力など無いに等しい。

「あまり貴方のような方は来ない方が良いのかもしれない」
「はァ」
「抜け出せなくなる輩も多い。性質の良くない女も沢山居ると聞きます」

くどいほど真っ赤に紅を塗りたくった女が胸を寄せ見せ付けるように揺らしながら手を振っている。

ゆでたこのようになった近藤を見て、男は笑った。こちらも立ち振る舞いは流れるようで、腰に佩くものがあれば武士だと直ぐに分かっただろう。今は天人に押し付けられた法律によって武士は刀を取り上げられてしまっているから、ただの人の好さそうな男に見える。

温和そうな細目を少し押し上げて、男は空が明るいですね、と言った。

ネオンサインのせいだろう。ここに入る前は大分周囲も暗くなっていたというのに、大門から一歩外界との境界をまたいでしまうと空の色まで変わってしまったような錯覚を覚える。見上げた空は橙がかって見えた。空に突き立つ光の筋が何本も闇を切り裂いている光景は、先立って建設されたターミナルという異形の建造物を思い起こさせた。
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