書庫3

□海鳴(コネタより)
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その青年が海をずっと見ているものだから、心配になって声をかけた。


この時期海は荒れているし、入水自殺をされたらたまらない。目の前でなんて寝覚めが悪すぎる。

「止めた方が良いですよ」

声を掛けると、幸い青年は一度で反応した。軽装の裾がチラリと翻る。喪服みたいに黒一色の着物だった。
ゆっくりとこちらを振り返る青年に、大鳥は息を飲んだ。
後姿は確かに、髪は長いとはいえ男だと思ったのに、振り向いた青年(多分)は、性別の判断を一瞬大鳥から奪い去ったのだ。
彼の肌は抜けるように白かった。
切れ長のまなこ、虹彩は不思議な色をししている。薬でもやっているのではないかと思うように大きく開いた瞳孔は黒々として、吸い込まれそうな深さをしている。

美しい男だ。

男だと分かっている。

うっすらとだが喉仏はあるし、パーツは整っているし秀麗だがその貌は男のものだった。

だがそれなのに、衆道者でもないというのに、大鳥はその青年の顔を見た途端顔に血液が集まってくるのを感じたのだ。

「海に…何か用事ですか」

まだ青年の足は岸壁の端から離れようとはしない。
青年を刺激しないように大鳥はそっと近付いた。突然声を掛けてきた男を不思議そうに一寸眺めたが、青年はまたぞろ海の方を向いて、一寸、と呟いた。

「…水精も、もうほとんどいないんだなと思って…」
「は?すいせい?」
「生物の一種です、海生の」

すぐさま僅かに苦笑した青年がそう説明するのに、そうですか、と曖昧に大鳥は頷くしかない。
ここから見て分かるということは、海鳥か何かなのだろう。海鳥のことまで大鳥は詳しくはない。だが海鳥が減ったからといって、そんなに悲しそうな声で呟くものなのだろうか。
青年の溜息をつくような声は淡々としていたが、寂寥だとか悲しみだとかいうものがその端々からにじみ出ていたような気がして、大鳥は少し腑に落ちないように感じる。
こんな場所に居るからだろうか。
北の海だ。
ふき晒しになった岸壁には荒々しい波が打ち寄せている。どんよりと曇った空はいかにも重苦しく寂しげで、ずっと眺めていたならそんな気分になるかもしれない。冬の近付く北の海岸は、そういう情緒をいやでも掻き立てる。
大鳥はここらの出身ではないから分からないが、土地の人間ならそういうものにも、郷愁を掻き立てられるのかもしれぬ。

―――――北の海は、黒い。

美しいとはいえないそれは冬には黒々として、ここらに来てあまり時間が経っていない大鳥は恐怖さえ感じる。

それをぼんやりと眺めている青年の横顔は、海面を這うように立ち上る霧に溶けてしまうのではないかと思うほど白い。一寸目蓋を伏せると密に生え揃った睫毛が白い肌にほのかな影を落とすのだ。
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