書庫3
□空蝉
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頭上から覗き込むように細い影が伸びている。
太陽は真上にあるのだから影が顔に掛かるということは直ぐ近くに居るのだろう。
天人か。ひとなのか。
高杉はゆっくりと下ろしかけた目蓋を押し上げる。真っ直ぐに見上げた先、ふとかちあった視線。
高杉のそれを迎えいれるその目は、ちらちらと朱金色にまたたいていた。
言葉を失った高杉の前に、どうやら男であるらしい―――――逆光の男は、意外そうな声を上げる。
「へェ」
驚いているような面白がっているような声は低く、ひたひたと聴覚を半ば失いつつある耳に染み込んだ。
「まだ生きてる人の子がいるんじゃねェか」
ぞんざいな言葉は何故か酷く面白そうな色を孕んでいると高杉は思った。ふと伸ばしたまま下ろしそこなっていた手を掴まれる。ひたりと合わさった男の皮膚。この季節だというのに汗ひとつかいておらずひんやりとして気持ちが良い。
「お前―――――誰だ……っ」
そう聞いた声が自分の頭蓋の中でぐらぐらと揺れるのを感じた時は、もう高杉の意識は暗転していたのである。
だから高杉はその直後、男がそっと血塗れになった左目の上にもうひとつの手を置いて、
「―――――お前はまた左目を失うのか」
寂しそうにそう呟いた声を、聞くことは出来なかったのである。