書庫3

□空蝉
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地面の色は変わってしまっている。
呆然と見上げた空はやたら青く、丸い。背筋に当たる土はとじっとりと濡れていた。周囲を浸す色のせいだった。
臭気はもう感じなくなっている。体が重い。色々な感覚が疲弊しきっていた。
血を失いすぎている。
顔の半分は血濡れだ。下ろすのもおっくうになった目蓋のせいで、からからに乾いた眼球は空に立ち上る蜃気楼を見つける。濡れた傍からからからに世界は渇こうとしていた。今流されたこの分量はさすがに直ぐに乾くことはないだろうがそれもやがて空に吸われ雨に流されなかったことになるのだろう。
自然とはきっとそういうものなのだ。
だからこそ、感情と共に生きる人にはそれが何よりも残酷に思えるのだろう。

空は空のままで、土は土のままで、星は星のままにそこに有るだけなのににだ。

心臓の慟哭が大分ゆっくりになってきた。
周囲に転がっているのは人の抜け殻だけではない。滅茶苦茶に暴れまわったせいで天人の死体や武器の残骸が山のようになっている。
目蓋が重くなっていく。
きっと細かな音は世界に溢れ返っていると思うのに、耳に届いても知覚できない。世界は酷く静かだ。耳鳴りがするほどの静けさだけが残されている。
べったりと血塗れているはずの手は霞んでいく視界の中で白と黒とにまだらに塗り潰されている。
走馬灯だとかいうものは無かった。少し期待していたので、高杉は残念に思った。

―――――そうしたら先に行った奴らの顔も拝めただろうに―――――

何を掴もうとしたのかは分からない。
何を欲しがったのかも分からない。何を作りたかったのか、何を作れたのか。
自分は何か形に残るものでなくてもいい、何かを残せたのか。何も残せなかったのか。
先刻地面に倒れ伏すまで煮えたぎっていたものが流れ出る血と共に出て行った後は、ただ倦怠感だけが残っている。
頭が回らない。
もう眠ってしまおう。
立ち上がるにも、体に力は入らないのだ。

もう全部、周りは逝ってしまった。

自分を残して逝ってしまった。そしてきっと今は、黄泉平坂で自分を雁首揃えて待っているのだ。

南中する太陽の光。乾ききった眼球を守ろうと下りかけた目蓋に残る僅かな白。全身を覆う赤、その上にふと僅かな涼を感じたのは、その時だった。
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