書庫3

□平安パラレル むかしばなし
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不思議なもので、断末魔の咆哮を上げた瞬間轟と強い風が吹き、小山のように大きかった黒狐は跡形も無く消えてしまった。

矢張り妖物の死に方は、普通とは違うのかと近藤は思ったりもしたものだ。

狐が出てくる時から吹いていた風は、不思議とそのひと吹きが収まるとすぅと収まり凪いでしまった。おびただしい血痕がその場に残っていたから、とても生きられぬだろうという結論ではあったが、もしものことを考えてまだ全員戦装束は解かぬようにと命令されている。
こんな時にまだ何が出てくるかもしれぬ森に入ること自体が危険だというのに、極度の緊張をした後だからか、近藤はさして警戒もせずにこの深い緑の中、休める場所を捜して分け入ったのである。

こんなに呆気ないものなのだろうか――――?

そう近藤は不審に思ってもいた。

仮にも齢三千を経た大狐を退治するのである。
色は違うが、大陸では過去に天竺と殷で金毛九尾が贅の限りを尽くしたのだという。今日まみえた黒狐の尾も確かに九本はあった。それとも狐狸精は、智謀に長けたとしても武には長けぬのであろうか。細く長く溜息を吐いて、近藤は木の葉の間に僅か覗く空の向こう側を見上げる。

すっきりしない終わり方だ。
そう思っている。

あの黒狐が最後に一声吼えたその声が、苦しそうでも恨めしそうでもなく、ただひどく悲しそうに聞こえたからかもしれない――――。

そんなことを誰かに話でもしたら緊張感が無いとでも非難されるであろう。だがどうにもやりきれないような気がして、こうして引き上げを待つ間、人の中に居る気にもなれずこうして森の中まで這入ってきてしまった。

森の奥に続く細い道は昔は人が使っていたのだろうか、今ではすっかり獣道になってしまっている。

奥へ奥へと延びているその向こうに、ちらりと緑ではない色彩がふと横切ったような気がして、近藤は上向けていた顔を戻した。
ちらりと一瞬横切っただけだったが、近藤の動体視力が間違えるはずが無い。

「何だ…?」

獣の類ではないようだった。

黒っぽい着物…を、どうやら着ていたような気がする。
ならば人だろうか。まさか獣が人の着物は着まい。
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