書庫3

□平安パラレル むかしばなし
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風が少し収まると、焦げ付いたような臭いが強くなった。

具足を外し、手甲も外してしまったけれど、何かあってはいけないと鎧は革製のものに付け替えた。未だ全身にかいた汗は引かない。近藤は額に珠のように連なった汗を拭い、それでもまだ結い上げた髪の付け根あたりから皮膚を伝って流れる感覚に辟易する。
見上げた先、深い森の葉に阻まれ小さく削り取られた空はもう宵闇が近づいてきていた。

初陣だった。

といっても相手は人間ではない。
妖物だった。

都の北方に少しいったところにある深い森の、未だここは入り口といっても差し支えないような場所だというのに、鬱蒼と繁った緑が視界を遮っていて少し先も見えそうにない。
道らしいものが無いわけではないが、よく見ればそれは獣道だ。
近くの里の人間もここには滅多に足を踏み入れぬらしい。人間の手が入っていない森は、先刻までの戦で大分不穏な空気を湛えていた。

鎮守様と言うには深く大きすぎる、遠く山まで連なるこの森の主という大狐。

天竺、唐、どちらとも分からぬが、大陸から渉ってきたという齢三千を超える大黒狐をしとめるのが、近藤の初陣の目的であった。

近藤は武士の子だ。

今年で16に成った。元服をしたのは去年の春で、だがそれ以来人の世では戦らしい戦も無かったから初陣まで一年がかかった。
それも相手は人ではない。だが人ではないからこそ、より面倒だったともいえた。

陰陽寮の人間まで動員して山狩りを行なったのだ。この夏の暑い盛りにわざわざ柴を積んで火を焚いた。狐狸精が出てこなかったら森全体を妬いてしまわねばならぬかとも覚悟していたのだが、件の大狐は森の端を一寸焼いただけで出てきてくれたから、後は陰陽師が呪で縛って囲むようにして火矢を放った。

苦しみもがく黒狐が地面を隆起させてその地割れに数人が引き込まれた以外は人間側に被害は無い。
ただ状況が状況であったため、誰の矢が致命傷になったかはわからず、そのためこの戦の褒賞が誰に贈られるということは無い。

森の入り口ではまだ消えきっていない野火の始末と地面が元の形状も分からぬほど荒れ果ててしまったから、陰陽師による祈祷が行なわれている。
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