書庫2

□白球
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「熱心だね」
「…臨時だけど、出るからには、野球部の奴らに顔向けできないようなことはしたくないから」

ヒュ、と大きく振りかぶった体勢。白い白い手から準パッのボールが橙の空気を切り裂いて、しるしと付けられた壁に吸い込まれていった。チョークで大きく×、と書かれたその少し右にズレてボールは跳ね返り、ころころと横に転がってやがて止まった。
他の辛うじて無事だった野球部員たちがユニフォーム姿にのりに対して臨時参加の土方は、自゛ゃー時で練習をしていねる。汗はあまり書いてないけれど、体のラインがまた一級、投げたと単にくっきりと浮かんで銀八はやけにどぎまぎした。

「それじゃあさ、」

一緒にキャッチボールでもする?と言ってしまったのは、咄嗟だった。何か他意があったわけではなかったというのに、土方はじっと銀八の顔を眺めると、やがていいよ、とだけ呟いた。

「おきたと近藤は一緒じゃねェの?」
「近藤さんは数学の補習。総悟は途中で飽きたんだろ」

最初はいたけど、どっか行っちまったと呟く彼の横顔には、憤りも呆れも浮かんでいない。
元々そういう感情が豊かに表面には出る性質ではなかったが、それが目に見えて乏しくなったのは、自分のせいだと銀八は自覚している。あれから彼は何とかぎこちなくではあったが自然を装うことはできるようになったけれど、数々のほころびを見つけるたびに、銀八は胸を締め付けられるような苦しさを覚える。
すっかりと華奢になってしまった手首はだがしなやかに翻っては白球が空を切り裂いて放り投げられる。素人にしては早い玉だが、野球部から見ればはきっとまだまだ甘いのだろう。けれど土方は分かっていることをそれだけで止めたりはしないのだ。諦めの悪さというより、頑固なまでの律儀さ。だから彼は自分を跳ね除けないのだろうかと、一瞬ぽこりと重苦しい感情を沸き立たせては銀八は心臓のあたりにキリキリと鋭い痛みを感じる。
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