書庫2

□白球
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ボールなんてその子は、縁が無いと思っていたに違いないのだ。
土方は剣道部に夏まで所属していた。だから球技大会やら何やらと一応色々とボールに触れる機会はあっただろうが、本当にそれに真剣に取り組もうと思ったことはほとんど無かったに違いない。今回の助太刀のための練習参加も、あまりやる気は出ないのだろうな、となんとなく銀八は思っていた。
剣道部仲間の近藤も沖田も、近藤は不器用ゆえに、沖田はサボり癖のせいで中々モノにらはならないだろうから、それに引きずられて中途半端になるのかもしれないと少しは思っていただけに、律儀に放課後の練習場の片隅で投球フォームの確認をしているのを見つけたときは、銀八は自分の見通しの甘さを見せ付けられたような気がした。




そういえば土方は気はそんなに長くは無いが、やたらと律儀な性格であったと便所スリッパから踵を履き潰した運動靴に履き替え、教師用の昇降口から出るときに銀八は思い出した。ぬぎ散らかしていた服もいつの間にかきちんと畳まれているし、雑誌は読んだところにわざわざしおりが挟まれた上で片付けられている。寮監室は男二人住まいだというのに、やたらと綺麗だ。肩や男子高校生で、片や『だらしない』という形容詞を全身で表しいているような男だというのにである。
夕日の橙が濃い校庭は、土と乾いた砂の匂いがした。電気を点けていない廊下から眺めていたから気が付かなかったけれど、思っていたよりずっと空は暗かった。もう運動部も片付けの時間なのだろう。この学校は寮制で大半の学生がそこで生活しているため、さして下校時間には厳しくないのだが、守らなければ今度は食事を食いっぱぐれるため食べ盛りの生徒たちは大体時間を守っている。

「何してんの」

聞いてから、ばかげた質問をしたと思った。
グラブとボールときたら、野球の練習しかないではないか。
土方はちらりと銀八を見たけれど、野球、と返しただけで見て分かるだろ、とは言わなかったから、銀八は一寸くすぐったいような気分になった。
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